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【暮らし】いのちの響き/高次脳機能障害で1人暮らし(上)
2017/07/19
午前9時すぎ、名古屋市中区の大藪尚史(なおひと)さん(45)は、一人暮らしのアパートを出て、左手に杖を握って歩きだした。向かう先は、脳に障害がある人が社会生活を送れるよう訓練する作業所「ワークハウスみかんやま」。300メートルほどの距離を十分かけて到着した。
大藪さんは、2004年にバイク事故で脳に損傷を負って以来、右半身にまひが残る。「体調はよろしいですか」。声をかけてきたスタッフに「元気です。よろしくお願いします」とほほ笑んだ。
健康チェック表の記入などを終えた後、まず始めたのは割り箸の袋詰め作業。40分ごとに休憩しながら、パソコンで文章を作成する作業にも取り組む。昼食を挟み、淡々と作業を続けて夕方を迎えた。
「今日の感想を話してください」。帰りのミーティングが始まった。司会は当番制で、この日は大藪さんの順番。通所者の名前を次々と呼ぶと、通所者が「今日は丁寧な作業ができたと思います」などと、感想を語っていく。
ミーティングを見ていると、身体以外に障害があるとは分からない。しかし、もの忘れや感情のコントロールが難しいなど、高次脳機能障害の症状がある。
「私の名前は?」。施設を運営するNPO法人「脳外傷友の会みずほ」副理事長で、施設長の河田幹子さん(63)に尋ねられる。河田さんとは10年来の付き合いだ。なのにすんなり名前が出てこない。ミーティングですらすら名前が言えたのは、壁のホワイトボードに席の配置が書いてあるからだった。
今日は何に取り組むのか。お昼の当番はどんな手順で作業をするのか-。施設内には、各所に掲示物を張るなどして、記憶障害があってもスムーズに作業ができるように工夫してある。
大藪さんは大学卒業後、名古屋市内の地図製作会社に就職。事故後は3カ月間、意識不明になり、重い記憶障害と失語症が残った。意識が戻ってしばらくして転院した同市総合リハビリテーションセンター(瑞穂区)では、医療関係者に暴言を投げつけたり、怒りの感情が爆発したりして、リハビリができないこともあった。ささいな事で怒りだし、他の患者とトラブルを起こしたことも。退院し自宅に戻ると徐々に落ち着いた。
みかんやまへは、同センターの紹介で08年、前身の作業所に通い始めた。作業を通じて集中力を維持したり、気分を安定させたりする方法を学び、コミュニケーション能力の向上などに努めている。
通うようになると大藪さんは精神的に安定していった。14年、新たに始まった生活介護事業を利用するようになると、自分のペースで時間を過ごせるように。「黙々と作業を続けていたのが、通所者やスタッフとコミュニケーションを取れるようになった」と河田さん。穏やかになり「気遣いができる優しい人」と周囲も思うようになった。
「この施設で過ごすのが生活しやすい」。大藪さんも満足している。
(稲田雅文)
【高次脳機能障害】 事故などによる脳外傷や脳卒中などの後遺症で、脳の高度な働きをする部分に生じる障害。記憶障害をはじめ、気が散りやすいといった注意障害や、仕事の計画が立てられないといった遂行機能障害、ささいなことでイライラしたり人間関係がうまく築けなくなったりする社会的行動障害など、さまざまな症状がある。外見上はわかりづらく、周囲の理解が得にくい。厚生労働省は2011年度の調査に基づき全国に42万人いると推計している。
- 支援員のアドバイスを受けながら割り箸を袋詰めする作業をする大藪尚史さん(左)=名古屋市中区のワークハウスみかんやまで
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