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【医療】ホンネ外来 発/患者 家族 揺れる思い 余命告知 読者からの反応

2016/02/09

医師の助言、配慮が救い

決然と受け入れた父
宣告が活力を奪った

 「本人が自分の余命を知らないままで良かった」。8年前に胃がんで夫=当時(64)=を亡くした愛知県の女性(69)は、こう振り返る。女性は夫が亡くなる2カ月前、医師から1人で夫の余命を聞いた。その際、記入を求められた問診票には「本人への余命告知は希望しない」と記した。結局、夫には亡くなるまで知らせなかった。

 夫に残された2カ月をどう過ごそうか。そればかりを考えていたとき、主治医から「今までのように普通に接してください」と言われた。「夫に悟られないように、〝女優〟になり、精いっぱい演技しよう」。そう心に決め、演じきった。夫は、女性に感謝しながら息を引き取った。

 本紙への手紙で、女性は「後悔はしていない。けれど、天国にいって夫に会ったら『うそをついてごめんなさい』と謝りたい」とつづった。

 妻として告知を受けたことは「葛藤はとても大きかったが、心が強くなった」と受け止める。しかし、本人への告知には「残り少ない人生をカレンダーを指折り数え、『いつ死ぬんだ』と思いながら過ごすのは、あまりにむごい。すべては『神様だけが知っている』で良いのではないでしょうか」とした。

      ◇

 夫=当時(37)=を30年ほど前にがんで亡くした石川県の女性(69)は、告知を受ける過程で主治医がしてくれた配慮に「随分救われた」と感謝する。当時、女性は33歳。2人の子どもを抱え、専業主婦だった。告知の前、医師は「お子さんは何人で、何歳ですか」「生命保険には入っていますか」「仕事はしていますか」などと心配してくれた。

 告知の際は、メモに「がん」と書かれた。余命は「1」と数字を書かれ、「1カ月」の意味だと知らされた。夫は起き上がることもできず、会話もままならない状態。最期まで余命を伝えることはできなかった。

 告知を受けた直後は「『がん』と『1』の文字が頭の中でくるくる回った」と思い起こす。それでも、夫の死後のことにも気を使ってくれた医師を信頼して、そのショックを抑え、夫との最後の1カ月を過ごせたという。

 当時は、告知を受け入れられなかったものの、後になって肯定的に捉えられるようになったという意見も。愛知県の女性(50)は5年前、肝臓がんだった父が1人で「余命1年」と宣告された。女性は「父の心情を思うと、私はただ涙するばかりで、どうしたらいいか、考えることすらできませんでした」と振り返る。

 父は翌日から、家族に必要なことを話し、会いたい人にあいさつするなど、やっておかなくてはならないことをした。食べられるときには好物も食べた。

 女性は告知した医師には会っていない。しばらくは「父に死と、死ぬまでの恐怖をつきつけた」という思いをぬぐえなかった。しかし、父の死後、「何も知らずに亡くなったら、父は幸せだっただろうか」と考えるようになった。「死を覚悟し、やりたいことをした父の姿を私は誇りに思う。私も、そうありたいと思う」。告知によって、父はそんな時間を持てたとも思っている。

      ◇

 一方、本人への告知を望まないのに知らされたという手紙もあった。2014年9月にがんで夫=当時(73)=を亡くしたという女性(72)。夫は医師から「余命20日」と知らされ、1カ月ほどで他界した。「がんこで、おとこ気のある強い人だった。それが、告知されてからはみるみる元気がなくなり、無口に。自殺するのではないかと、目を離せなかった」という。

   ■    ■

 がんなど生死にかかわる病気で、家族や本人に病名が告知されることが多くなっている。患者や家族の衝撃は計り知れないが、どんなふうに知らされるかによって、患者の受け止め方は大きく変わってくることが、読者からの投稿からうかがえた。重要なのは、医師と、患者やその家族との信頼関係ではないだろうか。

本紙に寄せられた余命告知にまつわる体験談をつづった手紙
本紙に寄せられた余命告知にまつわる体験談をつづった手紙

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