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【社会】失明女性に脳死判定の壁 臓器提供 思いかなわず
2019/09/09
夫「法律の改正を」
瞳孔検査など 基準厳格
移植医療に救われ、自らも臓器提供を望んだ女性が今夏、思いをかなえられないまま逝った。3歳で1型糖尿病と診断され、その影響で失明した愛知県半田市の榊原悠子さん=当時(36)。脳死判定基準の1つ「瞳孔」の反応が壁となった。「目が見えないだけで人の役に立てないのか」。提供の意思を聞いていた夫の正秋さん(45)は、代わりの判定方法を認めるよう訴える。(中崎裕)
北九州市出身の悠子さんは、専門学校に通っていた18歳のころに失明した。点字などの訓練を受け、2005年に京都の大学へ入学。社会福祉を学びながら一人暮らしも経験した。
学生時代の悠子さんと交際を始めた正秋さんは「料理も掃除も自分でやり、ギターを手に路上ライブもやっていた」と語る。だが、病の影響は腎臓に及び、結婚を控えた12年、悠子さんは父から生体腎移植を受けた。
結婚して愛知に移住。「子どもがほしい」と話し合い、移植後の管理で通い始めた藤田医科大で相談すると膵臓(すいぞう)移植を勧められた。糖尿病を抱えたままでの妊娠には、低血糖発作などの危険が伴うためだった。
14年3月に脳死となった人から膵臓の提供を受けた。子どもは授からなかったが、深夜にも起こる発作が治まるなどして生活は落ち着いた。旅行にも出かけられるようになり「本当に幸せ」(正秋さん)な日々を送った。
だが、18年末ごろから腎臓が弱り始め、今年6月に体調が悪化。食欲がなくなり嘔吐(おうと)が増えた。7月11日に入院し、10日後に体調が急変した。呼吸が止まり、翌日の22日未明に脳出血を起こした。移植した膵臓の拒絶反応が疑われ、医師から「もう難しい」と伝えられた。
「もしもの時はそうしてね」。正秋さんは、妻が普段から口にしていた言葉を思い出し、「使える臓器はありませんか」と提供を申し出た。
肝臓ならできるのでは、と話した医師は「瞳孔の反射が取れず、脳死判定ができない」と告げた。正秋さんは、瞳孔検査抜きで脳死判定ができないかと食い下がった。病院側は厚生労働省にも掛け合ったが、断念せざるを得なかった。
10日後の8月1日、悠子さんの心臓は止まった。「移植を受けて僕らは幸せになった。助けたい命はいっぱいあるのに、何もできなかった」。悔やむ正秋さんは声を上げる。「法律が壁となって移植が進まないなら、法律を変えるべきだ」。妻が懸命に生きた証しを残したいから。
◇
◆瞳孔検査など 基準厳格
臓器移植法に定める脳死判定基準に基づき、移植医療の現場における具体的な手順を示した「法的脳死判定マニュアル」は2011年に完成した。脳の機能が失われていることを確かめる検査として、瞳孔に光を当てて刺激し、反応を調べる方法が定められている。眼球などに高度な損傷や障害があり、反応が観察できない場合は「脳死判定を行わない」とされている。
執筆者の1人の横田裕行・日本医科大教授(脳神経外科)は「瞳孔に限らず、事故で脊髄に損傷を受けた場合なども判定はできない。問題点はあるが、マニュアルは法律に従ったもので(変えるとすれば)法律自体を変えなければならない」と話す。海外では脳の血流から判定する方法も採用されており「医学的には判定は可能」と指摘する。
厚生労働省移植医療対策推進室の担当者は「障害などが理由で脳死判定ができずに、臓器提供を断念したケースもあると聞いている」とした上で「現時点で判定基準見直しや法改正の動きはない」と話す。
1997年の法施行後、脳死による臓器提供は600件を超えた。しかし、人口当たりの件数は欧米各国や韓国に比べ極端に少ない。世界的に見ても厳格とされる判定基準が壁の一つになっているとの指摘もある。(安藤孝憲)
- 妻・悠子さんの遺影を前に、移植医療の充実に向けた法改正を訴える榊原正秋さん。手に持つのは悠子さんの大学卒業証書=愛知県半田市で
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