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【暮らし】働く 返せ!残業代(下)

2008/08/14

一人に過剰な業務量 早出や持ち帰りで補う

 「残業したいんですけど、いいですか」
 東京都内のアパレル会社。仕事がたまっていたインテリアデザイナーの女性(36)は上司に許可を求めた。

 「きょう、やらなきゃいけない仕事?」

 遠回しな表現で断られた。上司が認めなければ残業代はつかない。女性は渋々帰り支度を始めた。

 同社が昨年十二月に導入した「残業許可制」は、部長クラスが残業に付き添うのが条件だ。「自分の仕事で上司に残ってもらうことになるので、そもそも残業を言い出しにくい」

 同社のデザイナーは、この女性一人だけだ。数年前は三人いたが、出産などで次々退職し、補充もなかった。「成果を求められる上に三人分の業務量。忙しい時期は定時に終わらない」

 そんな時は上司に内緒で会社に残ったり、早出したり、家に持ち帰ったりしてデザインを描き、サンプル作りをする。そんなサービス残業が月十-二十時間に上る。“仕事”はそれだけではない。専門職として休日でもアイデアを練り、ヒントを求めて複数の店舗を渡り歩く。

 残業は仕方がないと思うが、会社のやり方に納得できない。「仕事を減らす、人を増やすなどの努力をせず残業許可制にした。『社員の健康のため』などというが、本音はお金をかけたくないだけ」

 業績は赤字続きで、デザイナーとして責任を感じている。「専門知識の必要な業務を一人で背負うプレッシャーがここまで重いとは…。パンクしちゃうかもしれない。仲間がほしい」。孤立無援の厳しさに押しつぶされそうになっている。

     ◇ 

 「二日連続で二十三時間以上働いたこともある。当時は吐き気が治まらず、食事がのどを通らなかった」

 生鮮食品も扱うコンビニエンスストア「SHOP99」の元店長清水文美(ふみよし)さん(28)=東京都八王子市=は「接客や陳列、在庫管理など業務が山積み。休憩は十分間取れればいい方だった」と振り返る。

 「左手でレジ打ちしながら、右手で携帯端末を操作して商品を発注。同時に二役、三役こなしていた」

 二〇〇六年九月に中途入社し念願の正社員に。翌年六月に店長になると、アルバイトの労務管理も業務になった。「上司の指示で人件費は店の総売り上げの9・8%。店内で同時に働けるのは二人だけだった」。予算を超えると上司に呼び出される。どんなに忙しくても、規定を守った。

 アルバイトが無断欠勤すれば、休日返上で穴埋め。アルバイトに自腹でアイスクリームやケーキをおごり、ごきげんを取った。「人が減ると穴埋めがきつい。自分の命を守る感覚だった」

 昨年八月は二十八日で三百五十時間働いた。特に同月七、八日の二日間は四十六時間五十分にも。もともと細身の体が三キロやせ、うつ状態になり、十月から休職した。

 管理監督者扱いの店長は、激務でも残業代はなく、月給は残業代が出た平社員時代より最大で八万円近く減った。

 清水さんは今年五月「名ばかり管理職だった」として、未払い残業代約七十五万円などの支払いを求める訴訟を東京地裁八王子支部に起こした。

 SHOP99の運営会社は「裁判は争う。適正な人員配置に努めており、人件費9・8%というルールはない」としている。

     ◇

 労働問題に詳しい日本労働弁護団常任幹事の鴨田哲〓弁護士は「労働者はクビになることを恐れ、なかなか未払い残業代の返還を言い出せない。そもそも残業をせざるを得ない業務量や長時間労働が問題。一日八時間、週四十時間で帰宅できるよう一人の業務量を法律で規制するべきだ」と訴える。(服部利崇)

 増える業務量 労働政策研究・研修機構(東京都練馬区)の2006年の調査では、残業をする理由で一番多かったのは「業務量が多い」59・6%。二番目は「きちんと仕上げたい」41・0%。次いで「仕事の性格上、時間外でないとできない」「人手不足」など。所定労働時間内にこなせない仕事量が、残業増加の要因になっている現状が浮かび上がる。

「慢性的な人手不足で、1年ちょっとで6回も勤務店が変わった」と話すSHOP99の元店長、清水文美さん=東京都八王子市で
「慢性的な人手不足で、1年ちょっとで6回も勤務店が変わった」と話すSHOP99の元店長、清水文美さん=東京都八王子市で