2008/08/07
実態に合わぬみなし時間
新作ゲームソフトの納期が迫っていた今年四月、その日も時計の針は午前四時を回っていた。床に毛布を敷いて数時間仮眠。目覚めて、またパソコンと格闘した。
ゲームソフト製作会社「テクモ」プログラムチーム・リーダー小沢宏昭さん(38)=東京都在住=は「納期前は仕事がギュッと凝縮された日々が一カ月以上続く」と語る。十数人の部下に細かい指示を出しながら淡々と自分の仕事もこなす。神経性の失調で離脱する同僚もいる過酷な現場だ。
四月は休日がなく四百四十四時間働いた。一日平均十五時間近くになるが、記録上の労働時間は「一日八時間半」。
「会社が二〇〇四年六月から採用した『裁量労働制』で、どれだけ働こうと、記録上の労働時間は一定になった」と小沢さん。裁量労働制は、労働者の判断で労働時間を決められるが、労使協定で定めた「みなし労働時間」しか働いたことにならないシステムだ。
制度導入前に説明を聞いて、小沢さんは「“ただ働き”が増えると直感した。質の高いゲームを作るには、このみなし時間は短すぎる」。実際、導入前と労働時間はほぼ同じなのに、年収は二百万円も減った。
小沢さんは「残業代がそっくり消えた。会社側は残業代を払いたくないから、裁量労働制にしただけ」と憤る。
一方、テクモ側は「早く帰宅できる日も増えたはず」と制度の利点を強調。だが実態は「たやすく早退できる仕事量ではない。制度導入から四年間で早退できたのは数日」(小沢さん)だった。
納得できない小沢さんは同僚と二人で労組を立ち上げた。「制度導入の労使協定で会社側が都合のいい労働者側代表を選んだ」事実をつかみ会社側を追及。会社側はそれを認め、今年五月末で裁量労働制を廃止した。
さらに小沢さんは六月、同僚とともに制度導入の無効とその間の残業代などの支払いを求める民事訴訟を起こした。請求額は約四百四十一万円。テクモ側は「未払い賃金はできるだけ早く計算して支払う」としている。
「一週間、朝七時から深夜十二時まで拘束されるのに、日当以外もらえないんですか」
「そんなの、出ねえーよ!」
旅行添乗員派遣会社「JTBサポートインターナショナル」(本社・東京都)元派遣社員の二十代女性は四年前、こんな言葉を男性上司から投げつけられた。
仕事は、派遣先のJTBが企画する国内旅行の添乗員。「どんなツアーでも日当九千円で一定。十八時間も拘束される日帰りツアーもあり、時給にすると五百円。あまりに安すぎる」と憤る。
どれだけ働いても賃金に反映されず、意欲も上がらない。「お客さんに喜んでもらいたいのに、サービスを出し惜しみしてしまう自分が悲しい」
不満を抱えながら二年前、別業種に転職した。
この女性に適用されていたのは「事業場外みなし労働制」。社外での労働が多く、会社側の労働時間管理が難しい職種に適用される制度で、外回りの営業社員などが対象だ。
女性は制度の適用自体に疑問を持った。「派遣先から渡される行程表でしっかり時間管理されている。列車や飛行機の時間、土産店に立ち寄る時間まで決められ、時間管理は可能だ」
他社の派遣添乗員が立ち上がったことに後押しされ、「約七十一万円の残業代を返せ」と労基署に申告。労基署は先月「労働時間を算定できる」として、派遣元に未払い残業代を支払うよう是正勧告した。JTBサポートインターナショナルは「是正勧告を受けて申告者と協議中」としている。 (服部利崇)
<みなし労働時間制> 労働基準法で認められているのは、事業場外みなし労働制と、専門業務型・企画業務型の裁量労働制の三種類。残業代は発生しないが、使用者側は、午後十時から翌日午前五時までの深夜労働に対して、割増賃金を支払う義務がある。
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