2009/03/05
介護保険制度で事業者へ支払われる介護報酬が四月から引き上げになる。二〇〇〇年度に制度が始まって以来初めての報酬アップによって、介護の現場はどう変わるのか。介護職員の立場と利用者の立場から考える。 (佐橋大)
介護報酬は二〇〇三年度の改定で2・3%、〇六年度の改定でそれぞれ2・4%引き下げられたが、今回は一転して全体で3・0%の引き上げになる。
介護職場は、低賃金などから人材が離れ、人手不足に陥っている。報酬アップで待遇を改善し、人手不足を解消するのが厚生労働省の今改定の狙いだ。
ただし、すべての事業所の収入が等しく3%増えるのではない。今回の報酬アップは主に、一定の基準を満たす事業所に報酬を上積みする「加算方式」で、条件を満たす事業所の収入が増える。
例えば、夜勤など負担の大きい業務を行う事業所で基準以上の人員を配置した場合や、介護福祉士などの有資格者や勤続年数の長い職員を多く配置している事業所に、報酬を上乗せする。
夜勤の負担の重さに耐えられず辞める人も多く、職員が定着するよう、一人当たりの負担を減らしたところには、報酬で応えようというものだ。
大都市部で賃金が他産業を大きく下回ることから、五つの地域区分ごとに報酬割増率を見直し、東京二十三区内などで引き上げ。一方で中山間地域など効率的な運営が難しい地域の小規模事業者に報酬が10%上乗せされる。
こうした加算で、介護の職場の低賃金や人手不足が一気に解消すればいいが、「劇的な効果はない」というのが、介護関係者の一般的な見方のようだ。
福祉総合調査研究機関「ヤトウ」(名古屋市)社長で、びわこ学院大(滋賀県東近江市)の烏野猛准教授は「当初、介護で働く人の月給が二万円アップするという舛添厚生労働相の発言があったが、それは難しいだろう。厳しめの現実的な試算をすると、特別養護老人ホームで、いろんな加算を取り込んでも平均二千円アップ程度では」とする。「介護福祉士などの資格を持ちながら介護の職場で働いていない人を呼び戻すほどのインパクトはない」と分析する。
福祉、保育の職場で働く人がつくる労組、全国福祉保育労働組合も同じ見方。同労組が、実際に宮城県内で特養(定員五十人)やデイサービスセンター(同三十人)などを経営する社会福祉法人を用いた試算では、年間で増える報酬をすべて職員の賃金アップに回しても、賃上げは月約七千円にとどまるという。「実際には、アップ分を待遇改善に振り向けない事業所も出ると予想される。十分な額ではないが、改定の趣旨を生かして、待遇改善を」と主張。加算も「規模の大きなところに有利で不公平」とする。日本医師会も「今回のアップでは過去二回のマイナス改定で減った分が取り戻せておらず、不十分」と指摘する。
「報酬の加算で、事業所によっては、かえって収入が減ることもある」との見方も。岐阜県で特養や訪問介護事業所を運営する社会福祉法人の理事長は「以前、ヘルパーの計画的な研修など、サービスの質を高める事業所を評価する加算(特別事業所加算)を付けたら『あそこは高い』としか見てもらえず、新規の利用者が増えなかった。今度も同じことになり、利用者が減る可能性も」と心配する。
利用者にとってのメリットは、認知症関連のサービスの充実が期待できることだ。報酬を手厚くし、事業所の新規参入を促す。
その一つが、三年前に導入された小規模多機能型居宅介護。一カ月の定額料金を払えば、一カ所で、通い、泊まり、在宅介護のサービスが受けられる。認知症の人のケアに有効とされているが、報酬の低さから新規参入が進んでいない。
このため、日常生活に支障をきたす認知症の人の受け入れに一人当たり月五千-八千円(利用者負担五百-八百円)が加算されるほか、一定割合以上の介護福祉士がいても加算。事業が軌道に乗るまでの報酬単価も高く設定できるようになる。事業者の中には「グループホームに比べ、報酬がまだ少なく不十分」とする意見もあるが、サービス普及に弾みがつくとの見方もある。
グループホームが若年性認知症の人を受け入れる場合にも加算がつき、妄想や暴力などの症状が出た認知症の人をグループホームなどが緊急に受け入れることへの加算も新設した。
認知症以外では、短時間(一-二時間)の通所リハビリテーションに報酬が払われるようになる。これまで報酬を得るには、三時間以上サービスを提供しなければならず「短時間で機能回復の訓練がしたい」などの要望に応えられなかったが、これからは、より個別の希望に沿ったサービスができる。
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しかし、利用者の立場からすると、報酬アップを喜んでばかりもいられない。報酬の一割が利用者の負担という今の仕組みでは、報酬アップは利用者負担の増加に直結するからだ。今でも、経済的な理由から、利用したいサービスを我慢している人は多くいる。この人たちは、さらに厳しい状況に追い込まれる。
このため、認知症の人と家族の会は、改定についての見解の中で「今回の改定に伴う利用者の負担増がサービス利用の抑制につながらないか。利用者の負担増に配慮し、あえて加算をとらず、待遇改善を行えない事業者が出てこないか」と懸念を示している。
また、利用単価のアップにもかかわらず、要介護度ごとの支給上限額は引き上げられなかった。このため、上限額いっぱいでサービスを受けていた人の中には、サービスを削るか、サービスの一部を100%自己負担で受けなければならなくなる人も出てくる。
全日本民主医療機関連合会は「利用者の視点が欠落している。利用料の負担軽減を図り、支給限度額を引き上げる必要がある」と指摘している。
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六十五歳以上の人が払う介護保険料も四月から変わる。報酬のプラス改定に伴う保険料の上昇を緩和するため、国は、報酬アップに伴う保険料増加に対し、〇九年度は全額、一〇年度は半額を補てんする。
しかし、高齢化に伴う利用者数は増えるため、保険料を引き上げる自治体も多い。
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