中日新聞CHUNICHI WEB

就職・転職ニュース

  • 無料会員登録
  • マイページ

【社会】カスハラ 来秋から対策義務 事例を明記、対応指針も

2025/11/19

対象広く周知重要 自治体と国 連携が鍵

 厚生労働省は17日、顧客らが理不尽な要求をするカスタマーハラスメント(カスハラ)から労働者を保護するため、全ての企業や自治体に対策を義務付ける関連法を2026年10月1日に施行する方針を明らかにした。殴る蹴るの暴行や脅迫、侮辱などカスハラに該当し得る事例を明記し、警察への通報など対応方法を盛り込んだ指針案も示した。

 採用面接を受ける学生やインターン参加者などへのセクハラの防止策も同様に26年10月1日から義務化される。企業や自治体は指針を参考に対策を検討することになる。

 カスハラ対応の指針案では顧客のほか取引先、施設の利用者や家族、近隣住民も加害者になり得ると指摘。具体例として
(1)性的な要求
(2)契約金額の著しい減額の要求
(3)物を投げつける、つばを吐きかける
(4)交流サイト(SNS)への悪評の投稿をほのめかして脅す
(5)無断で撮影
(6)土下座を強要
(7)必要のない質問を執拗
(しつよう)に繰り返す
(8)長時間の居座りや電話での拘束
-などを挙げた。

 対応方法では、可能な限り労働者を一人で対応させず、労働者は管理監督者に直ちに報告し指示を仰ぐことなどを示した。顧客とのやりとりを録音・録画し、暴行や脅迫など犯罪に該当し得る言動があれば警察に通報するよう求めた。加害者に対する警告文の発出や出入り禁止の措置も「効果的」とした。セクハラ防止の指針案では、加害社員を懲戒処分とする社内規定を設け、その内容を周知・啓発するよう促した。

 改正労働施策総合推進法などが今年6月に成立。カスハラそのものを規制するわけではなく、被害の発生を抑止する方策や、発生した場合の被害回復策といった対応を義務付ける。対応が不十分であれば国が是正を指導、勧告し、従わない場合は公表する。

 カスタマーハラスメント カスタマー(顧客)とハラスメント(嫌がらせ)を組み合わせた造語で、「カスハラ」と略される。顧客や取引先が立場を利用して店員や公務員に暴力を振るったり、理不尽な要求をしたりする行為。交流サイト(SNS)で個人情報を拡散させるなどの被害もある。心身の不調から退職に追い込まれる人が出るなど社会問題化している。

 被害が深刻なカスタマーハラスメント(カスハラ)対策は、一部の自治体が防止条例を成立させるなど、国に先んじて取り組んできた。企業も働き手保護に向けて動くが、温度差がある。自治体や企業に対策を義務付ける関連法の来秋施行に向け、専門家は国と自治体が連携し的確に支援できるかが鍵を握るとみている。

 ■広がる取り組み

 「カスハラはいけないという意識を浸透させたい」。東京都の担当者は意気込んだ。4月、カスハラ防止の責務などを規定した条例を施行。マニュアルの整備や、顧客対応の録音・録画といった対策をした中小企業などに奨励金を支給する事業も始め、2千件超の応募があったという。

 北海道、群馬県なども同様の条例を施行。取り組みが広がりつつある。

 三重県は罰則付きの条例制定を目指す。県内で働く人や企業への調査で、休業や離職につながった深刻なカスハラの事例が判明したが、刑法や既存の条例では対応は困難だった。一見勝之知事は「従業員はかなりのダメージを受ける」と強調。知事が禁止命令を出しても改善されなければ罰金などを科す方向で、2026年に条例案を提出する方針だ。

 ■組織的に対応

 自治体職員へのカスハラに対処する動きも。愛知県美浜町議会は今月、窓口や電話で理不尽な要求や暴言を続けていた男性住民1人に対し、400万円の損害賠償を求める提訴に向けた議案を全会一致で議決した。

 全日本空輸と日本航空は24年、カスハラの抑止に向けて連携し、組織的に対応する方針を共同でまとめた。犯罪に当たると判断した行為は警察に通報する方針も示した。

 ただ、小規模な企業ほど取り組みが遅れている傾向がある。厚生労働省が24年に公表した実態調査によると、カスハラ対策が「特にない」と答えた企業は従業員千人以上では37・2%だった一方、従業員100人未満では73・8%に上った。

 ■窓口整備を

 関連法では、フリーランスや個人事業主は対象外だ。東京都でアパレル店「アントロワ」を営む平川哲行代表(45)は1月、店舗で客から暴言や土下座を強要されるなどの被害に遭った。フラッシュバックに悩まされ、店を一時閉じた。

 「個人事業主だと、相談できる体制が整っていない」として、行政による窓口整備を訴えた。

 カスハラに詳しい成蹊大の原昌登教授(労働法)は「カスハラという言葉は徐々に浸透してきたが、対象行為は非常に幅広い。今回の指針案に基づいて何がカスハラかより具体的に周知していくことが実効性を高めていく早道だ。防止措置を講じる企業に国と自治体で後押ししていくことも大事だ」と指摘している。