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【社会】カスハラ防止 指針公表続々 顧客の意識も変化

2024/10/06

 大手小売りや外食各社が、来店客による店員への理不尽な要求「カスタマーハラスメント(カスハラ)」に関する対応指針を相次いで公表している。社内向けだったマニュアルなどを外部にも示し、社員を守る姿勢を明確にする狙いがある。人手不足の中で、カスハラが離職の深刻な原因となっているためだ。

 東京都では今月4日、全国初のカスハラ防止条例が成立した。厚生労働省は企業に従業員の保護を義務付けるよう明記した有識者検討会の報告書を受け、関連法案提出を検討するなど、官民ともに対策に乗り出している。

 東京商工リサーチが8月に実施した多業種対象の調査では、全国約5千社のうち7割以上がカスハラ対策を未実施だった。身近な小売店などでの目に見える取り組みが、被害抑止の社会的動きを広げる可能性がある。

 大手コンビニではセブン-イレブン・ジャパンが9月、2022年に策定した社内向け指針の公表に踏み切った。該当する行為を例示し「毅然(きぜん)と対応する」とした。ファミリーマートは10月から各店舗でカスハラ防止ポスターの掲示を始めた。

 百貨店の高島屋は7月、カスハラの基本方針をホームページで公開。牛丼チェーン「松屋」を手がける松屋フーズも9月に公表し、店員にも周知している。いずれも理不尽な要求や暴力、謝罪動画の拡散などをカスハラと定義し、組織的に対応する姿勢を強調した。

 背景にあるのは離職リスクだ。東商リサーチの調査では、過去にカスハラを受けた企業の約13%で休職や退職が発生していた。

 一方で「店員の対応に問題がある例もゼロではなく、客からの声が集まりにくくなる」(外食業界)との懸念から、対応に二の足を踏む企業があるほか、法整備の動きを様子見するケースも目立つ。

◆線引き 職場の安心感に

 企業がカスハラへの対応を急いでいる。対応指針を公表した大手百貨店では「安心して接客できる」と、売り場スタッフから安堵(あんど)の声が。自身の行為が適切だったかどうかを問い合わせる客が現れるなど変化は双方に見られ、職場環境の改善が一歩前進しそうだ。

 ■ 疲 弊
 土下座の要求や人格否定、交流サイト(SNS)での従業員の個人情報拡散-。カスハラの該当項目を具体的に挙げ、高島屋は7月、百貨店で初めて対処の基本方針をホームページ上で公表した。来店を断る場合があることも明記した。

 「正義感からの指摘もありカスハラの線引きは難しいが、指針は一つの目安になる」と公表を歓迎するのは、高島屋日本橋店の山内暁マネジャー。売り場を巡回し、社員らが来店客ともめた際の対応を担う。

 山内さんによると、経験の浅い店員ほど自分で線引きができずに疲弊してしまう。山内さん自身、かつて在籍した店舗で顧客対応のため長時間拘束されたことがある。

 従業員や企業が傷つくだけではなく、目撃した他の来店客が負の感情を抱くというマイナス効果もある。高島屋では接客を担当するスタッフだけでなく、法務部門と連携。山内さんは「しっかりと組織で対応していきたい」と話す。

 ■ タッグ
 カスハラは社会問題化し、2023年9月には精神障害による労災認定の原因項目にも追加された。厚生労働省による23年度労災補償の初集計で認定は52件に及び、うち女性は45件。より弱い相手を見定めて攻撃するといった差別構造が浮かび上がり、容認してはいけないという風潮は着実に広がり始めている。

 今年6月に、ライバル企業である日本航空とタッグを組んで対処方針を策定し、注目を浴びた全日本空輸。同社の担当者は「カスハラ対策の取り組みが従業員に少しずつ浸透し、認知度が高まってきている」と手ごたえを口にした。

 カスハラを受けた際の社内報告の内容は、これまでは暴力や器物損壊といった度を越した行為が主だったが、長時間拘束なども申告されるようになった。対処方針策定後の7、8月の報告数は、4~6月の平均と比べ3割増加。原因を分析し、被害の防止につなげる。

 ■ 研 修
 全日空を含むANAグループは11月から、カスハラに対処するための手法や組織づくりを学べる企業向け研修を始めることにした。ホテルや銀行など顧客対応に悩む企業から既に問い合わせを受けている。規模の小さい企業ほど対策は遅れており、一企業を越えた協力が広がるかどうかが鍵を握る。

 顧客側にも変化の兆しが見える。「自分の行為はカスハラだったのだろうか?」。高島屋では基本方針の公表後、商品のパンフレットの記載について長時間の指摘を以前繰り返していた客から、こんな申し出を受けた。

 厚生労働省のカスハラに関するマニュアル策定に携わった、ホスピタリティデザイン横浜の石原健代表取締役は「カスハラへの認識は企業、消費者ともに広がっている」と指摘。対応指針の公表が被害抑止につながるとした上で「現場ごとにカスハラは異なる。アルバイトやパート社員も活用できるよう具体化が必要だ」と話す。