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【社会】新型コロナワクチン 職場の「ワクハラ」に苦悩

2021/12/06

「接種しないと異動」 「できない人 社にいない」
執拗な勧奨圧力に 企業に戸惑いも

 新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」への懸念が広がる中、三回目接種が始まったワクチン。今年、接種が急速に広がった裏では、ちゅうちょする人が職場で執拗(しつよう)な勧奨を受け苦しむケースが起きてきた。社員への安全配慮義務を負う企業が促すのは自然だが、専門家は「不適切な説得は『ワクチンハラスメント』に当たる恐れがある」と指摘。一方、取引先との関係などから接種率を上げたい企業側の切実さも浮かんだ。

 「社内で感染者が出ると余計な業務が生じる。社の損失になる」「医学的に見て接種できない人は社内にいない」。東京都内に本社を置く企業に勤める女性は今夏、こんな趣旨のメールを受け取った。差出人は話したこともない社長だった。

 副反応などへの不安が消えず決めかねた揚げ句、子どもの新学期を前に家庭内感染のリスクを考え接種を決心した後ではあったが、社長直々のメールは送信設定上、全社員宛てなのか少数の未接種者のみに送られたのか分からず、怖くなった。

 家族が代弁する。「本人は『プレッシャーになり会社に行きづらい』と嘆いていた。弱い立場の人が受け取った時の気持ちを考えてほしかった」

 海外では拒否者に解雇を通告するなど厳しい措置も見られるが、日本では個人が安全性を考慮して決めるというのが政府の基本的な考え方だ。

 職場のハラスメント問題に詳しい柳田忍弁護士は、女性が受けたメールは「接種しない場合の不利な処遇を推認させ、ハラスメントに当たる可能性が高い」と指摘。接種のリスクに触れないまま「拒否者は社の損害を顧みない自己中心的な人物とレッテルを貼り、同調圧力を生む恐れがあるのも問題」だという。

 「『接種しないと異動になるよ』と言われた」「強制された」。法務省人権相談窓口の担当者によると接種を巡る相談は今年多く寄せられた。厚生労働省も相談窓口を紹介しているが、相談者が社内で知られることを恐れ、実際に救済に動く例は多くないという。

 日弁連が五、十月に実施した電話相談も計四日間で約三百件受けた。川上詩朗・日弁連人権擁護委員長は「未接種者の解雇など深刻な労働問題も起きている」と話す。

 戸惑う声は企業側にもある。川上氏によると「大手取引先から社員の接種状況を照会された」「採用面接で接種の有無を確認するのは差別に当たるか」などの相談もあった。

 「職場の感染防止と職員の自己決定権の間には常に緊張関係がある」と川上氏。柳田氏も企業側の切実な事情に理解を示しつつ、勧める場合は「不安を抱える社員に寄り添う姿勢が大切」と話す。

◆従業員の不安に寄り添う姿勢を

 職場のハラスメント問題に詳しい柳田忍弁護士の話 企業は従業員への安全配慮義務を負い、取引先との関係などからもワクチン接種率を上げたい切実な事情があると思う。ただ、圧力を伴う勧奨や不正確な情報に基づく説得はハラスメントに該当する恐れがある。接種を呼び掛ける場合、メリットだけでなくリスクやデメリットも丁寧に説明し、従業員の不安に寄り添う姿勢が大切だ。接種の勧めがハラスメントに当たるかどうかを判断する際、会社による退職勧奨が、個人の自由意思に委ねた許容される範囲にとどまるか、自由な意思決定を困難にする退職強要に当たるかの判断基準が参考になる。

【ワクチンハラスメント】 
「VACCINE(ワクチン)」と「HARASSMENT(嫌がらせ)」から成る造語。特に新型コロナウイルスワクチンに関し、企業などが従業員に接種を強要したり、接種の有無によって嫌がらせなどをしたりすることを指す。日本では接種は個人の意思に委ねられ、強要や圧力は昨年6月施行の「女性活躍・ハラスメント規制法」が大企業に防止対策を義務付けたパワーハラスメントに該当する可能性がある。対策は来年4月から中小企業も対象となる。