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【働く】在籍型出向 広がる選択 コロナ禍中の企業雇用

2021/06/21

異業種間3倍増 スキル獲得 好機にも

 勤め先に籍を置きながら、別の企業で働く「在籍型出向」が増えている。多いのは、新型コロナウイルスの感染拡大で仕事が減った企業の従業員が、人手不足に悩む企業で働く例だ。雇用を守ることに加え、働き手にとっては新たなスキルを獲得できる利点もあり、異業種間での出向も多くなっている。(海老名徳馬)

 接客業などを学ぶトライデント外国語・ホテル・ブライダル専門学校(名古屋市中村区)。中部国際空港旅客サービス社員、当真さち子さんは二月から、同校キャリアセンターで模擬面接の実施など学生の就職活動を助けている。

 それまでは中部国際空港(愛知県常滑市)で約十五年にわたり、利用客の問い合わせに応じたり、新人教育を担当したりしていた。しかし、コロナ禍で航空各社が次々に減便や運休に踏み切ると、出勤と休みが半分ずつになった。

 そんな折、会社から募集があったのが同校への一年間の出向だ。「学校での勤務は、戻った時に若手を育てるのにも役立つ」と手を挙げた。待遇も変わらない。五百五十五人の社員を抱える同社が、在籍型出向を導入したのは昨年十二月。現在は約百人が自動車販売会社や家電量販店、行政機関など二十団体に出向中だ。

 労働基準法は、会社側の責任で労働者を休ませる場合、平均賃金の六割以上を休業手当として支払うよう義務付ける。だが、取締役の鈴木健一さん(57)は「収入さえ補償されればいいという社員はいない。心と体の健康には働く場があることが大事」と説明する。

 力を入れたのは、元の業務に近い職種で、能力の向上が見込める出向先を探すこと。出向させるのは、仕事の内容を理解した上で、希望した社員だけだ。定期的に連絡を取り、心身のケアにも努めている。鈴木さんは「需要が回復したら必ず会社に戻り、出向先で得たスキルを発揮してもらいたい」と期待する。

 在籍型出向を仲介する産業雇用安定センターによると、二〇二〇年度の出向成立は、一九年度の千二百四十人から三千六十一人に増加。同業種間の出向の伸びが約二倍だったのに対し、異業種間は五百三十二人から千五百十四人と約三倍に伸びた=グラフ。コロナ禍で不振に陥った業界と、人手不足に悩む業界が働き手をやりくりしたことが分かる。

 業績悪化による解雇や雇い止めを食い止めようと、国は二月、出向に伴う経費を助成する「産業雇用安定助成金」を新設。出向元と出向先で合計一日一万二千円を上限に、中小企業は最大90%、大企業は75%の助成を受けられる。

 厚生労働省によると、五月二十八日までに、この制度を使った出向は三千九百六十五人で、うち六割は異業種間。出向元はコロナで打撃を受けた運輸業・郵便業の千七百二人、出向先は製造業の千二十二人が最多だった。同省は、本年度の当初予算などで約四万三千人分の利用を賄える約五百八十億円を確保している。

◇労働条件「確認を」

 同センター愛知事務所長の吉田克年さん(63)は「在籍型出向や助成金を利用すれば、人手不足に悩む中小企業も人材を確保できる」と強調。一方で、社会保険労務士法人名南経営(名古屋市中村区)代表社員の大津章敬(あきのり)さん(49)は「出向する際は賃金や休日の数、勤務時間などを確認することが大切」と話す。出向後にトラブルになりかねないからだ。送り出す側も「社業の見通しを示し、なぜ休業でなく出向なのかを理解させてほしい」と求め、「出向する社員が前向きになれる話し合いを」と呼び掛ける。

模擬面接の打ち合わせをする当真さん=トライデント外国語・ホテル・ブライダル専門学校で
模擬面接の打ち合わせをする当真さん=トライデント外国語・ホテル・ブライダル専門学校で