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【社説】社会修理へ民の声を 週のはじめに考える

2009/02/08

 「百年に一度」という形容が聞かれる経済情勢です。雇用や社会保障にもしわ寄せが及んでいます。こんな時こそ、社会修理へ民の声と行動が必要です。

 日本海を見下ろす絶壁の奇観が続く東尋坊(福井県坂井市)はまた、「自殺の名所」としても知られます。ここで、岩場のパトロールを続け、百数十人の自殺志願者を救ってきた元警察官がいます。

 特定非営利活動法人(NPO法人)「心に響く文集・編集局」代表の茂幸雄さん(64)です。昨年秋、「自殺したらあかん! 東尋坊の“ちょっと待ておじさん”」(三省堂)を出版しました。この中に次のような文言があります。

 【ともに歩む同伴活動を】
 「悩んでいる人が周りにいたら『うっとうしがらず』『煩わしがらず』、その人の叫び声に耳を傾けて共感し、独り歩きができない人には杖(つえ)代わりになって、ともに歩む同伴活動をしてほしい」

 国内の自殺者数は、一九九八年以来十年連続で年間三万人を超えています。どうしてこれほどの人が自ら死を選ぶのでしょうか。

 茂さんは言います。「この国は経済一本で来た。しかし、バブル経済の崩壊などで働く場所がなくなったりする人が増えた。岩場から見ると、ここへ来る人は、豊かな生活を求めてなんかいない。命をつなぐ場所、再出発までの食事と住まいを提供してくれるところがあればいい。でも現実には、その場所があまりにも少ない」

 身近なところでも、東尋坊のような自死を誘う岩場が姿を見せ始めているのではありませんか。自動車や電機など製造業の不振が極まり、恐ろしい勢いで仕事を失う人が増えています。非正規労働者だけでなく、正規労働者にも雇用不安の強風が吹き荒れています。茂さんはこんな提案をします。

 【経済主義と私生活主義 】
 「今は大地震と同じだ。地面はまだ揺れている。被災者に仮設住宅を建てるように、失業者や弱い立場の人にも仮設住宅が必要だ」

 仮設住宅は比喩(ひゆ)で言っているのでしょう。今も続く雇用危機は、年越し派遣村など公的分野を支える行動の重要性を教えてくれました。茂さんは貴重な実践例です。

 日本総合研究所会長の寺島実郎さんも著書「脳力のレッスン2」(岩波書店)で、「一人一つのNPO」という志を持ち、自分の能力、性格、趣味にあった形での社会参画を求めています。

 自らも団塊世代という寺島さんは、団塊の世代の価値観を二つに集約します。

 一つは経済主義です。日本の高度成長期の国民のコンセンサスは「経済的豊かさの実現」でした。時には「拝金主義」といえるほどの経済的価値を重視する傾向を内在させました。

 二つ目は私生活主義です。「他人に干渉したくも、されたくもない」というライフスタイルです。残間里江子さんが「それでいいのか蕎麦(そば)打ち男」(新潮社)と題する本の中で、高齢化社会への重荷にしかならないと老け込み団塊男に手厳しく一喝しています。

 「滅私奉公」の時代を否定して成立した戦後社会に生きたため、公共とか社会にかかわることにためらいを感じてきた人が多い世代です。寺島さんは「ここに経済主義と私生活主義の陥穽(かんせい)と弱さが凝縮されている」と指摘します。

 そのために民意力が衰えたのではありませんか。暮らしが苦しくなっていくのにじっと耐え忍ぶ。例えば、派遣切りといわれる雇用の崩壊、医療費や社会保険料の負担増があります。それなのに抗議デモもほとんどありません。

 定年前後に蕎麦打ちや陶芸などに打ち込むのは結構ですが、そこだけに閉じこもる老成はどうでしょう。地域社会の文化・教育・福祉から地球環境まで、もう一度目を向け直して、何らかの形で公共という分野で汗を流す。あるいは政治家たちにもっともの申すことが必要ではないでしょうか。

 少しずつ風向きが変わりつつあるようです。博報堂生活総合研究所の定点調査では「日本人は、国や社会のことにもっと目を向けるべきだ」と答えた人が、一九九二年の68・8%から、二〇〇八年には77・0%に増えています。

 【自分の頭で考える市民】
 もう一つ、先月二十五日の三重県松阪市長選で、自民、民主両党が実質支援する現職候補を相手に快勝して三十三歳という全国最年少市長になった山中光茂さんが、勝因についてこう語りました。

 「市民一人一人が今まで以上に自分の頭で、自らの生活や地域を考えるようになったということ。時代の流れでもあると思う」

 税金、雇用、年金、環境など市民が自分で考え、こぞってその声をぶつけ動けば、社会は変わります。総選挙が近づいています。