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【経済】MONDAY経済/副業は、福業か

2021/03/08

利点:スキル向上で相乗効果
課題:過労や健康被害の恐れ

 二〇二一年春闘で労使交渉が大詰めを迎えている。今春闘では、新型コロナウイルス禍の新しい働き方を模索する動きが強まっており、「副業・兼業」も経団連が推進する姿勢を示すなど議論が広がる。自らの能力を一つの企業にとらわれず広く生かせる利点がある一方、新型コロナの影響などで減った本業の減収分を補うための手段とする人も多い。過重労働や健康確保といった課題も残る。 (平井良信)

 ◆社外で能力発揮

 「これまでの本業の経験を生かして、社外の人の役に立てることに喜びを感じる」。食品メーカー、カゴメ(名古屋市)財務経理部の谷口弘晃さんは充実感をにじませる。

 谷口さんはカゴメの東京オフィスで一日平均八時間働きながら、約四百キロ離れた宮城県石巻市の学習塾講師という別の顔を持つ。平日の夜に週一回、高校生にオンラインで授業を行い、間伐材を使った商品開発などを題材に経営の知識を教える。このほか中小企業診断士の資格を持つ谷口さんは、仙台市の建設コンサルタント会社など計三社で副業を掛け持つ。

 カゴメでは副業制度を一九年四月からスタート。社内の月平均残業が十五時間以下、年間総労働が千九百時間未満を条件に、「生産性高く働ける社員」に限定して解禁した。副業時間は残業と合わせて月四十五時間を上限として「働き過ぎ」を防止している。

 本業との競業禁止や秘密保持義務はあるものの、仕事内容に制限はない。「従業員の自律的なキャリア構築と、社外での学びを本業に生かすことが狙い」(広報担当者)で、これまでに三十~五十代の約三十人が利用している。

 制度解禁後すぐに手を挙げた谷口さん。副業で得た企画提案力やコミュニケーション力を、カゴメで担当するIR(投資家向け情報提供)活動などに生かしたい考えで「本業でのさらなる挑戦や起業など将来の選択肢が広がった」と相乗効果に手応えをみせる。

 ◆経営側も容認

 重工メーカーのIHI(東京)も、一月から正社員の副業を本格的に認める新制度を開始。一週間のうち最低二十時間をIHIで働けばよく、副業時間を大幅に認めている。エンジニアらが大学講師を務めることなどを想定し、同社は「社外で得たスキルを自社に還元し、組織の活性化につなげたい」としている。

 経団連は今春闘の経営側の指針で、前年まで慎重姿勢だった副業について「自律的な働き方を支援することは、労働生産性の向上につながる」と推進を打ち出しており、副業解禁の機運は高まる。

 働き手の意欲も増している。人材サービス会社「エン・ジャパン」が昨年十月に発表した調査では、副業希望者の割合は%と前年に比べ8㌽上昇。テレワークの普及で働き方の幅が広がったことも影響しているという。

 それでも実際に導入する企業はまだ少数。経団連の実態調査によると、容認は二割にとどまる。企業が慎重な理由の一つに、副業先との労働時間を通算して管理する難しさがある。

 厚生労働省は昨年九月、ガイドラインを改定し、通算の労働時間について、働き手の自己申告に基づいて把握することを認め、申告漏れなどがあっても企業に責任がないとするなど導入のハードルを下げているが、過重労働を防ぐ解決策にはなっていない。

 解禁に慎重な愛知県内の大手メーカーは「副業する従業員の健康に何かあった場合、会社がどう責任を取れば良いか。労務管理の課題は依然としてある」と話している。

 副業解禁が過労につながる懸念が拭えないのは、生活のために副業を始める人が大半という実態があるためだ。総務省の調査では、副業する人の七割は本業の所得が「二百九十九万円以下」だ。厚労省の調査でも最も多い理由は「収入を増やしたいから」の・6%。政府や経団連が描く「キャリア形成や働きがい」を目的とする働き方とは程遠い。

 このため労働問題に詳しい弁護士松丸正さんは「副業で働かざるを得ない人の健康を守るために、適切な労働時間の把握が重要だ」と強調。厚労省のガイドラインにある自己申告では「低所得の労働者が雇用主に黙って副業し、働き過ぎによる健康被害や過労死につながることが危惧される」と話す。

 また、副業先で法定労働時間を超えて働いた場合、割増賃金を払う必要が出てくるが「実際に払われているケースはほとんど聞かない」。副業先から業務を請け負う個人事業主(フリーランス)として働く場合は、労働時間管理の対象から外れることも懸念される。「長時間労働を助長し、ガイドラインが絵に描いた餅になりかねない」と指摘している。

副業先の建設コンサルタント会社で打ち合わせするカゴメの谷口さん(左から2人目)=仙台市で(カゴメ提供)
副業先の建設コンサルタント会社で打ち合わせするカゴメの谷口さん(左から2人目)=仙台市で(カゴメ提供)