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【社会】入社辞退や退職「仕向ける」企業 見えない内定取り消し 横行

2020/11/06

研修名ばかり「心折れた」

 新卒者が入社の辞退に追い込まれたり、長期の自宅待機を命じられて退職したりしている。内定取り消しや解雇ではなく自主的に辞めさせるため、統計に表れない「サイレント内定取り消し」だ。コロナ禍が水面下で若者を追い詰める構図で、再び就職氷河期を迎える懸念も出ている。(渥美龍太)

 「辞退をご希望される方はご連絡下さい」。東京都内のIT企業に、口頭で四月に正社員採用すると内定を伝えられたという男性(22)は、研修の開始がコロナ禍で延期される中、四月の緊急事態宣言直後に会社から届いたLINEに違和感を持った。何も始まっていないのに入社の辞退を促していたと感じた。

 五月末に始まった研修も初心者に丁寧に教える触れ込みが、専門用語が並ぶ高度な内容と叱責(しっせき)を交えた指導に辞退者が続出。男性は「センスがない」「諦めるなら今のうち」と詰められ、「心が折れた」。会社側は研修によって採用を決めるとし、内定は出していないとの見解。男性は二カ月間拘束され「お試し研修」を受けさせられるが、給料も払われなかった。男性は入社を断念、地元の大阪に帰った。

 「明らかに辞退させようとしていた。あまりに理不尽、将来に絶望した」

 厚生労働省がまとめた今年三月の新卒者の内定取り消しは九月末現在、前年の六倍近い二百一人。企業側が取り消していなければ、ハローワークへの通知義務はなく、統計から漏れる。就職・転職支援を担うUZUZ(ウズウズ、東京)の川畑翔太郎専務は「『サイレント内定取り消し』の相談が多い。公表されている数は氷山の一角」との見方を示す。

 都内の別のIT企業に入社した男性(21)は仕事がなく、同期の約五十人が自宅での研修に。試用期間として給料は手取り月八万円。家賃だけで七万円かかるため貯金を取り崩した。「生活と将来が不安で、自宅待機のまま七月から転職活動を始めた」と打ち明けた。

 都内の旅行会社に就職した女性(24)は自宅での研修が続いた八月、来年三月末まで計一年間研修が続くと通告され、「気持ちが持ちこたえられなくなった」。法律事務所に転職したが、「旅行業界に行きたかった」と悔しさをにじませた。

 労働問題に詳しい梅田和尊(かずたか)弁護士は「近年、企業は解雇に伴う賠償請求などを避けるために自主退職を促す傾向があり、新卒者にも同じ対処をしている可能性がある」と話す。

 若者の就職は今後、さらに厳しくなりそうだ。就職情報のマイナビによると、二〇二一年三月卒予定の大学生・院生の内定率は八月末で77・6%と前年比5ポイント低く、比較可能な一八年以降では初めて80%を割った。

 立命館大の高橋伸彰名誉教授(日本経済論)は「企業が長期的に人材を育てる考え方が薄れ、景気悪化時には学生にしわ寄せされて氷河期につながりやすい」と指摘。「新卒採用や社内教育に熱心な企業を政府が補助すべきだ」と提言する。

【若者の就職問題】
 バブル崩壊後に企業が新卒採用を絞り、正社員の枠を減らして表面化した。2000年前後に社会に出た「氷河期世代」は非正規社員などの不安定な雇用形態で転職を繰り返し、他世代と比べ賃金が低いとの研究結果もある。政府は3年間で氷河期世代30万人の正社員化を目指すなど支援を強化。10月には氷河期の再来を防ぐため、コロナ禍でも新卒者の採用を維持するよう経済団体に要請している。