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【暮らし】ICT発達、常時「スタンバイ」 過労死認定の争点にも

2020/02/17

 スマートフォンなど情報通信技術(ICT)の発達で、最近は移動中も仕事をすることが可能だ。その間に電話やメールに対応するなどした場合、それは労働時間に当たるのかどうか。過去の判例などによると、移動時間は原則として労働時間とは認められないが、過重労働につながる危険性を指摘する声も高まっている。

 二〇一七年十月、兵庫県内の自宅で急死した訪問美容師=当時(38)=の妻(36)は「手を使わずに通話できるハンズフリーのイヤホンを常に耳に入れていた」と涙ぐむ。男性は一二年から、大阪市の訪問理美容サービス会社に勤務。自宅から社有車を運転し、主に兵庫県内の介護施設や個人宅で高齢者らの髪を切るなどしていた。

 男性の就業時間は午前九時から午後六時だが、中には片道三時間ほどかかる施設も。午前九時までに到着するには、早朝に家を出なければならなかった。一四年に支社の責任者になり、経費や職員の勤務シフトなどを管理し始めたことも労働時間を長引かせる一因に。

 社からの連絡や指示は電話や社内ネットワークで行われ、返信が遅れると叱られた。施術中や帰宅後、そして移動中も「四六時中、仕事ができる状態だった」と同僚らは話す。男性は亡くなる前日、午後七時に帰宅。翌朝、妻が起こそうとした時には亡くなっていた。心臓性突然死だった。

 妻は昨年九月に労働基準監督署に労災を申請した。通信や通話の記録などから勤務時間を割り出したところ、亡くなる直前の六カ月間の残業時間は月平均百二十四時間に。月八十時間の「過労死ライン」を上回るが、これに移動時間は含まれていない。男性側の弁護士の一人、与語(よご)信也さん(38)は「常時つながれる環境なのに、『会社にいる時間が労働時間』という従来の考え方だと残業時間が大幅に減らされる」と話す。遺族は「移動時間も含めて労災認定をしてほしい」と願ったが、いつからいつまでが移動時間で、しかもそのうちどれぐらい仕事をしていたかは特定しにくかったという。会社側は「労基署が調査中なのでコメントは控える」という立場だ。

 過労死問題に取り組む弁護士らでつくる「過労死弁護団全国連絡会議」(東京)は、近年、過重労働の労災認定を巡り、労働時間が少なく算定され、労災が不支給となる例が相次いでいると訴える。根拠の一つとして挙げるのが、後に決定が覆されたものの、出張時の移動時間の多くが労働時間と認められず、昨年二月に一時、労災不支給となった横浜市内のクレーン車販売会社の男性会社員=当時(26)=のケースだ。男性は社有車を運転し、十数県の営業を担当。一六年五月、出張先のホテルで急死した。

 同会議幹事長の川人(かわひと)博弁護士(70)は、背景には労災申請の増加があると指摘する。過労死につながる脳・心臓疾患の発症に関わる申請は一四年度の七百六十三件から、一八年度は八百七十七件に増加。「認定件数を抑えようという理屈の一つとして、移動時間が持ち出されることが多くなった」と指摘。「働き方改革の一環として残業時間の上限規制が進むが、移動時間や社外での労働時間が過小に評価されれば有名無実化する」と危惧する。一方で、厚生労働省職業病認定対策室の担当者は「労働時間の認定は変わっていない」と否定。「移動時間が労働時間に当たるかはケース・バイ・ケース」としている。

 川人弁護士は「移動時間を労働時間ととらえるかどうかは、昔からあった問題」と話す。ただ「ICTが発達した今、働き手もこれまで以上に真剣に考えないと、サービス残業が横行することになりかねない」と注意を促している。

 (出口有紀)

男性が施術で使っていたくしを手に「『訪問理美容の仕事は好き』と言っていた」と話す妻=兵庫県内で
男性が施術で使っていたくしを手に「『訪問理美容の仕事は好き』と言っていた」と話す妻=兵庫県内で