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【暮らし】企業に「搾乳室」設置広がる 母乳育児と復職両立

2019/11/04

 産休や育休から復職する女性を支えようと、「搾乳室」を設ける企業が増えている。搾乳とは胸にたまった母乳を手や専用の器具で搾ること。出産後、早期に職場復帰する女性が増えていることから、安心して仕事と育児を両立できる環境を整えるのが狙い。働き盛りの女性の能力を生かすことができれば、本人にとっても、企業にとっても有益だ。

 8年前、生後4カ月の息子を育てながら東京都内の大手人材サービス会社に復帰した女性(38)。育休中、将来の昇進に結びつくポストへの異動を打診されたため、復職を早めた。

 復帰後、困ったのは胸の張り。母乳を搾って出さないと、3時間ほどで痛くなる。「使っていい」と言われた会議室は鍵がかからない。選んだのはトイレ。搾った母乳は、衛生面が気になってそのまま捨てた。

 赤ちゃんが吸わなくなると、母乳は自然に出なくなる。だが、母乳の分泌が多い時期に急に授乳をやめた場合、搾乳をしないと、乳腺などに母乳がたまり、激しい痛みや発熱を伴う乳腺炎になることがある。

 搾乳室を設ける企業の増加は、こうした健康上の理由に加え、母乳育児を望む母親が多いためだ。母乳には子の免疫力を高める効果があり、世界保健機関(WHO)は2歳まで母乳育児を続けるよう勧めている。

 母乳育児関連製品を販売するメデラ(東京)は2014年、出産後1年半未満で復帰した女性515人に調査を実施。復帰直前まで母乳育児をしていた人の23%が「断乳して復帰するか、復帰せずに母乳育児を続けるか悩んだ」と答えた。「母乳を与えたいから復帰を延期した」は7%だった。また、職場で搾乳経験がある人は15%で、うち58%がトイレを使っていた。

 百五銀行(津市)は15年、社屋の新築に合わせ、保健室を搾乳室として利用できるよう整えた。10平方メートルのスペースが2つあり、ドアの前に「使用中」と張り出せば、他の人は入ってこない。持ち帰って子どもに与えられるよう、搾った母乳を冷凍するための冷蔵庫も設置。安全を考え、冷蔵庫のある場所には鍵がかかるようにした。

 ダイバーシティ推進部の津田真寿美部長(56)によると、パートを含む女性行員約2000人のうち育休を取っているのは現在、140人。営業の中核を担う30歳前後が多くを占める。「働きたいが母乳育児を続けたいから」と復帰を延ばすことは、本人にとっても銀行にとってももったいない。

 同行では3年間の育休、3時間からの短時間勤務を認めており、これまで搾乳室の利用はない。しかし、資産運用や法人営業など主要部門でも女性登用を積極的に進める中、今後、必ずニーズがあると見込む。「女性を含め多様な働き方への対応は、多様な人材が働きやすい環境をつくることにつながる」と言う。

 メデラも搾乳室を備える企業の一つだ。5年前、オフィスを移転したのがきっかけ。八畳ほどの部屋をカーテンで仕切り、2人が同時に使えるようにした。ネット通販大手のアマゾンは18年、都内に開いたオフィスに搾乳室を設置。同時に性別に関係のないトイレや礼拝室も設けた。搾乳室は「性別や宗教、国籍などにとらわれず、多様な人材を確保することを目指す試みの一環」と話す。

 出産後、早期に職場に戻る女性は年々増加。厚生労働省の調べでは、保育園を利用するゼロ歳児は19年4月1日現在、約15万人。10年前の1・6倍だ。名古屋市の出張専門助産院スマイルの松下知子さん(39)は長年、復職と母乳育児の両立に悩む女性の相談に乗ってきた。「母乳の良さを生かしながら仕事もできれば」と搾乳が選択肢の一つになる環境整備を訴える。

 (長田真由美)

百五銀行に設置された搾乳室。ベッドのほか、洗面所もある=津市で
百五銀行に設置された搾乳室。ベッドのほか、洗面所もある=津市で