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【暮らし】高齢者の働く環境整うか 70歳まで就業機会求める法案

2019/10/21

 少子高齢化を背景に人手不足が深刻だ。政府は労働力の確保を目的に、70歳までの就業機会確保の方針を打ち出す。一方で、「老後資金2千万円問題」が話題になったのを機に、働く人が自ら引退の線引きをすることは難しさを増す。人生100年時代を見据え、どのような働き方を想定すればいいのか。

 「毎日、小説でも読んでのんびりしようと思っていた」。名古屋市中川区のタクシー運転手服部良夫さん(67)は、60歳で定年退職した時のことを振り返る。

 高校卒業後、ねじなどを販売する営業職として42年間勤めた。仕事は忙しく、帰宅は午後10時を過ぎる時も。定年後は悠々自適の生活を夢見ていた。4人の子どもは独立し、妻と2人の生活に経済的な心配はなかった。

 でも、楽しかったのは最初だけ。時間を持てあます中、友人の紹介で、現在の職場、宝交通(名古屋市熱田区)にたどり着いた。タクシーの運転に必要な二種免許を取得。退職して2
カ月後には街を流し始めた。

■仕事に新たな価値

 現役時代と変わったのは仕事への考え方だ。「家族のために」と働いていた定年前、給料は身を削っていることへの対価でしかなかった。だが、何の重しもない今は、もっと純粋に仕事に向き合えるように。客を拾えない道を選んで「失敗した」と思っても、「あと1人、乗せるまで頑張ろう」と前向きに考えることができるという。客との会話も楽しみの一つだ。

 「年齢で区切られて仕事を辞めるのと、自分で納得して辞めるのとでは大きく違う」と話す。午前7時から午後7時までの勤務で、売り上げは右肩上がりだ。

 50~60代の人向けに、宝交通は9月から就活セミナーを開いている。これまで3回の参加者は計58人。人手不足の解消に加え、さまざまな業種の経験者を採用することで多様性も増す。担当者は「昼間だけとか夜間だけとか、タクシー運転手は目的に応じて勤務時間を自分で決められるのが利点」と話す。セミナーは、今月下旬、11月にも開催する。

 総務省の労働力調査によると、65歳以上の就業者は2018年、過去最多の862万人に。15歳以上の就業者総数に占める割合も過去最高の12・9%だ。13年施行の改正高年齢者雇用安定法では、希望者全員を65歳まで雇うことを企業に義務付けている。政府はさらに、70歳まで働ける機会の確保を企業の努力義務とする改正案を、来年の通常国会に提出する予定だ。

 人生100年時代を迎え、定年後をどう生きるかは重要。一人一人が仕事で培った経験や専門性を仕事に生かすことは、社会にとっても、本人の社会参加の意味でもメリットは大きい。しかし「働きたくない人にまで『生涯現役』を無理強いするのはよくない」とシニアの働き方に詳しいリクルートワークス研究所(東京)の坂本貴志研究員(34)は指摘。「大事なのは、仕事の内容や待遇など、働きたいと願うシニアが生き生きと仕事ができる環境を整えること。それができている企業は少ない」と話す。

■準備は定年前から

 定年後も満足感を持って仕事がしたいなら、働く側も「40~50代のうちに準備、行動することが必要」と坂本さんは説く。同研究所が19年に実施した全国就業実態パネル調査によると、定年前の50代で転職した人は少なくなく、59歳では約25%。その半数が、新たな挑戦をしたいといった「積極的な理由」を動機に挙げる。早期の転職まではしないにしても「例えば、何を、どんな人に、どう売っているかなど、どんな企業にもアピールできる専門性を定年前から磨くことが、老後の選択肢を広げる」と訴えている。

 (出口有紀)

「現役時代より、失敗を引きずらないで楽観的に働ける」と笑う服部良夫さん=名古屋市内で
「現役時代より、失敗を引きずらないで楽観的に働ける」と笑う服部良夫さん=名古屋市内で