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【暮らし】<研究者目指したけれど 大学非常勤講師らの嘆き>(下)減る職を奪い合う

2019/07/15

 きょうはこの学校、明日はあの学校…。岐阜大や私立大、短大、専門学校の計4校で非常勤講師を務める天池洋介さん(39)の1週間は忙しい。給与は講義をいくつ受け持つかで決まる。対価は一コマ90分当たり約1万円。本年度は前期は週6コマ、後期は5コマを担当するが、困るのは講義のない春休みや夏休みだ。収入がなくなるため、年収は200万円に届かない。

 自宅での授業準備やリポートの添削、テスト作りなどへの手当はない。専任教員になるには、論文を発表するなど研究業績を残していくことが重要だが、本の購入や学会に出るための交通費は自腹。もちろん、健康保険や厚生年金などの社会保険はない。生活は苦しい。「1日1食でしのいだり、見かねた知人が送ってくれた米を食べたり」。白菜を丸ごと買って漬物を作っては、おかずにする。「コンビニ弁当なんて高くて手が出ない」と話す。

 次年度の契約について大学側から打診があるのは、毎年秋ごろだ。「次も仕事をもらえるかどうか、その時期はいつも不安」。しっかり契約を交わすのは新学期の講義が始まる直前、4月に入ってからだ。

 大学を卒業したのはバブル崩壊後の景気低迷期に当たる2002年。一度は企業に就職したが、勤務は1日12時間、昼食を取れないほど忙しく、体調を崩して退職した。転職しようにも就職氷河期で、あるのは非正規の仕事ばかり。福祉政策や就労支援を学んで社会を変えたいと心機一転、08年に名古屋大大学院に入学。奨学金450万円を借りて博士課程まで進んだ。

 非常勤として働く今、岐阜大では労働組合に入れたが、私立大では「非常勤講師の加入は規約で認められない」として加入できなかった。「非常勤講師の立場は、すごく弱い」。結婚もしたいけれど「こんな不安定な立場では無理」と嘆く。

 少子化に伴い、大学の専任教員の採用はどんどん減っているのに、奪い合う人の数は増えている。背景には、欧米並みの研究レベルを確保しようと、国が1990年代、大学院重点化策を打ち出し、大学院生の数が急増したことがある。

 文部科学省によると、大学院博士課程の修了者は重点化策以前の89年度は5576人。ところが、昨年度は1万5658人と3倍近くに増加。それと比例して増えたのが、所属する大学を持たず、非常勤講師などを掛け持ちしながら働く人の数だ。89年度は1万5689人だったが、2016年度は9万3145人と6倍に増えた。

 今はフリーの文筆業で生計を立てる舞田敏彦さん(43)=神奈川県横須賀市=も、非常勤講師として働き続けた一人。05年から5校の私立大で非常勤講師を務めてきたが、40歳になった3年前の秋、雇い止めにあった。「若い人に職を譲ってほしい」と学科長らに言われたという。

 教育学の博士号を持ち、これまで40校以上の正規教員の職に応募してきた。学生減少で大学の経営は厳しさを増す。「非常勤講師は使い捨てにされやすい。人件費を抑えるための調整弁になっている」と話す。

 就職先の見込みもないまま、国の重点化策で大学院にいざなわれた若者たち。社会に広がる正規と非正規の処遇の違いは、学問の世界も同じだ。今後ますます高齢化する彼らをどう生かすか、本気で考えるべき時が来ている。

 (細川暁子)

大学で非常勤講師を掛け持ちして生計を立てている天池洋介さん。年収は200万円に届かず「生活が苦しい」=岐阜市の岐阜大で
大学で非常勤講師を掛け持ちして生計を立てている天池洋介さん。年収は200万円に届かず「生活が苦しい」=岐阜市の岐阜大で