中日新聞CHUNICHI WEB

就職・転職ニュース

  • 無料会員登録
  • マイページ

【社会】氷河期世代支援 数値ありき 政府 「骨太方針」案提示

2019/06/12

 政府は11日の経済財政諮問会議に、経済財政運営の指針「骨太方針」の案を示した。働いて一定の収入がある人の年金を減額する在職老齢年金制度は「将来的な廃止も展望しつつ見直す」と明記。バブル崩壊後の「就職氷河期世代」のうち困難な状況にある約100万人向けの支援プログラムも盛り込み、この世代の正規雇用者を3年間で30万人増やす目標を掲げた。企業が支払う最低賃金は、全国平均の時給が「より早期に1000円になることを目指す」と引き上げ加速を促した。21日をめどに閣議決定する。

 10月の消費税増税方針を維持した上で、就労促進による内需活性化に重点を置いた半面、財源の裏付けや実効性には不安を残す。安倍晋三首相は「氷河期世代への対応は国の将来に関わる重要な課題だ。実行こそが大事だ」と述べ、体制整備を指示した。

 在職老齢制度は会社員らが入る厚生年金が対象で、60~64歳は賃金・年金の合計が月28万円、65歳以上は47万円を上回ると受給額が減る。骨太方針案は働く意欲を妨げないよう、法案提出を含め必要な措置を取るとした。ただ、年金財政に影響させずに廃止するには1兆円ほどの財源が要る。

 年金制度では受給開始年齢の70歳超への繰り下げも選択可能とするよう検討するが、社会保障改革の総合的な政策は2020年度の骨太方針でまとめるとし、高齢化に伴い給付減や負担増が見込まれる議論は今夏の参院選後に持ち越した。

 就職氷河期世代は1993~2004年ごろに学校を卒業した人。正社員で働く希望がかなわないフリーターらの50万人や、長期無業・引きこもりの40万人などを集中的に支える。この世代は過去5年間に年5万人ずつ正規雇用が拡大しており、ペースを年10万人に倍増させる。ハローワークに専門窓口を設けるほか、民間にも事業を委託して成果に応じて報酬を払う。

 米中貿易摩擦などの海外発のリスクが顕在化すれば「機動的なマクロ経済政策をちゅうちょなく実行する」と追加経済対策に動く姿勢を表明。70歳までの就業機会確保を柱とした成長戦略や、地方創生に関する新たな基本方針も反映させた。

 ◇ ◇ ◇

◆現場に圧力 訓練強制の懸念
◆「参院選へアピール」の声も

 「一億総活躍社会」を掲げ、女性や高齢者の就労促進を打ち出してきた安倍政権が、就職氷河期世代の支援に乗り出した。バブル崩壊後の学卒者のうち約100万人を集中的に支える。だが、3年間で約30万人の正社員化を目指す計画に、現場からは「支援には時間がかかる」「圧力になる恐れも」などと懸念の声が上がっている。突然の目玉政策化に、政府の中から「参院選を意識した対策だ」との指摘も出ている。

 ▽段階踏んで

 11日の経済財政諮問会議で政府が公表した数値目標。関西にある国の就労支援拠点「地域若者サポートステーション(サポステ)」で働く30代男性職員は「3年で30万人と聞き、細やかな支援は難しいと感じた」と打ち明ける。

 内閣府によると、氷河期世代の中心である35~44歳では、非正規労働者371万人のうち約50万人が正社員化を希望している。最近5年間でこの世代の非正規25万人が正社員になっており、政府関係者は「この流れを加速させれば目標達成は可能だ」と期待する。

 だが、問題はニートや引きこもりといった人々だ。サポステの男性は「長期間無職だった人は段階を踏んで就業に近づく必要がある」と指摘。「目標達成のために上から力がかかるようなことがあると、強制的に訓練を受けさせるなど、支援がねじ曲がってしまう恐れがある」と懸念する。

 ▽思惑

 厚生労働省はサポステや、フリーターの正社員化を手助けする「わかものハローワーク」といった政策を通じ、ほそぼそと氷河期世代の支援を行ってきた。しかし成果は上がらず、将来的に社会保障財政に影響を及ぼす恐れが生じる事態に。厚労省幹部は「企業など社会全体の協力が得られなかった」と話す。

 このタイミングで集中対策に乗り出した理由について、内閣府の担当者は「企業が人手不足の状態にある今が好機」と説明。根本匠厚労相も「当事者が高齢期を迎える前に待ったなしの課題だ」と強調する。

 だが、主要政策に急浮上した背景には別の思惑も浮かび上がる。7月の参院選や10月に予定される消費税増税を控えた今年の経済財政諮問会議は議論が低調だった。そんな中、安倍晋三首相が四月に突然、集中支援を打ち出した。別の厚労省幹部は「官邸が急に食い付いた。参院選でアピールするためだろう」と話す。

 ▽不信感

 「役人が現実を見ずに言っている」。中央官庁で非正規職員として働く40代女性は、政府の計画に不信感をあらわにする。就職氷河期が本格化した1994年に短大を卒業。20代でシングルマザーになり職を転々としてきた。「私たちの世代は支援対象からすっぽ抜けていた」との思いが強い。

 兵庫県に住む無職の男性(46)も、転職や引きこもりを繰り返してきた。「履歴書に空白があると採用されにくい。今はもう就職を諦めている」。政府が支援しても、企業が変わらないと効果は出ないと感じている。

 若者の就労問題を研究してきた東京大の玄田有史教授は「これまでの若者雇用対策で、就労意欲がある人はある程度前に進めた。残っている人々は傷ついて諦めていて、簡単にはいかない」と指摘。「数値目標は必要。だが、働く希望を失っている人々が前向きになることも極めて大切な第一歩だと認識するべきだ」と話した。