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【暮らし】なくそう!クラッシャー上司 パワハラ防止へ法整備

2019/04/09

 仕事を通して部下の心と体を痛めつけ、時として命をも奪う。過去にも紹介した、そんな「クラッシャー上司」をなくせ-。働き方改革の一環として、政府は職場でのパワーハラスメント(パワハラ)防止に取り組むことを企業に義務付ける法整備に着手した。一方で、パワハラの手段がより巧妙化し、法の規制を逃れる上司も出てくるのではないかと識者は警告する。

 政府は先月8日、職場などでのパワハラを禁じる労働施策総合推進法の改正案を閣議決定し、衆院に提出した。パワハラを(1)上司と部下などの優越的な関係を背景に(2)業務の適正な範囲を超え(3)労働者に身体・精神的苦痛を与えるなど就業環境を害すること-と定義。大企業で2020年度、中小企業で22年度からの対策義務化を目指す。

 パワハラを初めて定義したことに加え、「業務上の指導との線引きが難しい」という企業側の声を受け、今後つくる指針では具体例を明示。相談窓口の設置といった取り組むべき対策も定める。対策を取らない場合は厚生労働省が改善を求めるとしており、これまでパワハラ対策が企業側に任されていたことからすると一定の前進だ。

 だが、「クラッシャー上司によるパワハラは、表面化しにくいという特徴がある」と言うのは、「クラッシャー上司」の名付け親の1人、筑波大医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループの松崎一葉教授(59)。2年前に出した著書「クラッシャー上司」(PHP新書)で、この言葉が広まるきっかけをつくった。

 クラッシャー上司をおさらいすると「部下を精神的につぶしながら、出世する人」のこと。仕事はできるが「参っている部下の気持ちが分からない、共感できない」のが特徴で、「自分のやっていることは正しい」と確信している。業績はトップクラスなので、仮に社が問題に気付いても処分できないでいた。

 パワハラの事実を明らかにするには、部下が自分の受けた被害を訴えることが欠かせない。ここで厄介なのは、上司の言っている中身自体は理にかなっている点だ。「部下が『間違っているのは未熟な自分』と思えば終わり。クラッシャー上司は法制化を受け、部下と食事をともにするなど優しげなそぶりを見せて、パワハラが表に出ないよう、よりうまく振る舞うようになるだろう」と指摘する。

 産業医でもある松崎さんは、パワハラを働いた上司と面談する機会が多い。彼らが「自分は正しい」と強く思うようになった背景には、「時代性」もあるという。次々と入社するゆとり世代、さらには欲がないさとり世代と呼ばれる人たちを「指導できるのは自分。厳しい指導は愛のむち」だと本気で信じている。

 「そうした信念がどれほど堅固かを裏付けるキーワードが、面談の際、共通して出る『意外』『心外』という言葉です」。「意外」は「育ててやっているのに何だ」、「心外」は「会社の利益を考えてあえて厳しくしたのに、なぜ処分されるのか」という思いだ。

 松崎さんは、クラッシャー上司と被害に甘んじる部下の関係を「共依存」と言う。「上司は『身内だから許されるだろう』、部下は『これに耐えれば出世できる』という下心がある」ときっぱり。パワハラ防止が法制化されようと、こうした関係を変えない限り、状況は改善しない。

 言葉でしっかり定義された分、それに引っ掛からないよう、パワハラが深く潜行することも考えられる。松崎さんは、それをレーダーに探知されにくい戦闘機に例え、「パワハラのステルス化」と呼んで危惧している。

 (三浦耕喜)

松崎一葉筑波大教授
松崎一葉筑波大教授