2014/04/25
働くって何だろう。新年度からアクセルを踏み続ける中、ふと振り返ってしまう時期でもある。際限のない右肩上がりを目指して働くことが、もしかしたら自分を損ねてはいないか。働き方のダウンシフト(減速)を説く元モーレツ社員を訪ねた。
「暗い顔で開店前から待つ人も。場所が分からず諦めて帰る人もいる。店の場所が少し分かりにくいでしょ?」
東京・池袋駅から歩いて十数分の路地に、バー「たまにはTSUKIでも眺めましょ」はある。店主の高坂勝さん(43)は、少し笑いながら話す。カウンター6席にテーブルが2つ。約20平方メートルの店には、常連だけでなく、仕事や人生に迷う人もやってくる。
高坂さんは、かつて大手百貨店の販売部門で働いていた。ストレスでうつ病寸前に陥り、20歳で退社。旅とフリーター生活を経て、独身だった10年前にバーを開店した。目指したのは「繁盛しない店」。暮らせるだけは稼ぐが欲張ると忙しくなる。年収350万円あれば店も暮らしも成り立つ。年収600万のモーレツ社員からダウンシフトした。
「『稼がない自由』がある。経済成長至上主義から降りた方が幸せや安心に気付く。分かち合う充足感も得られると考えた」
結婚した後、5年前からは店の休みを週1日から2日にした。家族を持てばバリバリ働くところだが、「家族との時間が大切。米作りや執筆活動の夢も実現させたかった」。妻も共感し、暮らしを彩ることを選んだ。妻も執筆活動などで収入はあるが、生活費は高坂さんの収入が柱だ。
こうした自身の体験を「減速して自由に生きる-ダウンシフターズ」(ちくま文庫)につづった。本を読んだ人が店に押し寄せ、連日満席になったため、週休3日にした。「お金のために魂は売れない。幸福度が高いオランダは週休4日の人が多い。まだまだ」
幸せのためには頑張りすぎず、働きすぎず、ほどほどのお金がちょうどいいと思う。
◇
高坂さんに触発され、働き方を変えた人もいる。自動車会社の社員は、高給だが週末は疲れ果てて寝てばかり。そんな生活に疑問を感じていたとき、高坂さんの講演で「関心のあることをしなよ」と言われ、有機農業を思い立つ。「始めたら元気になり、結局会社を辞めて農家になった。すごく楽しそう」と高坂さん。
亡母が切り盛りしていた、採算ゼロの天然酵母パン店を引き継いだ男性は、生まれたばかりの子をあやす間もないほど働いても、自分の給与が出てこない。減速を決意し、すべてのアルバイトに独立してもらい、1人で製造と販売ができるよう週2日営業にした。すると人並みに暮らせる収入と、家族と過ごす時間を確保できたという。
それでも、現実的には会社をなかなか辞められないもの。高坂さんはこう考える。「ほかに選択肢があると心のゆとりが生まれる。会社の不条理にもノーと言える。心を病んだりして死ぬことはなくなる」
選択肢とは。「社外でつながりをつくり、多様な生き方に触れること。高齢者や学生、お金のない人とか、いろんな人と出会える場に参加する。ごみ拾いでも何でもいい」
前の年より大きくなろうというのが会社の論理だ。「でも外を見れば、前年比で生きていない人がいると分かる。年収が自分の半分でも、幸せで楽しそうで、子どもも健やかに育っている人がいる」
右肩上がりを目指さなくても幸せへの近道はある。この店のドアを開けることが、人生を変えるきっかけになるかもしれない。
(発知恵理子)
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