2013/09/06
政府は来年度以降、正社員の雇用を守るために企業に支給してきた「雇用調整助成金」を順次減らして、転職を支援する「労働移動支援助成金」を大幅に拡充させる。だが、失業者向けのセーフティーネットは十分といえず、労働専門家は「非正規労働者が増えるだけかもしれない」と懸念。正社員との格差がさらに拡大する可能性がある。
「成熟産業から成長産業へ、円滑な労働移動を目指す目的自体は妥当だと考える」
労働問題に取り組むNPO法人「POSSE(ポッセ)」が8月下旬、京都市内で開いたシンポジウムで、昭和女子大特任教授の木下武男さん(労働社会学)は、安倍政権の労働改革の目的を評価した。ただし、「再就職支援が適切になされないと、国家的な大リストラになってしまう」と付け加えた。
政府の労働力調査によると、1985年から現在まで正規雇用者数は約3300万人で、ほぼ横ばいで維持されてきた。2008年のリーマン・ショック以降、休業手当や賃金の一部を企業に支給し、従業員の解雇を防ぐ雇用調整助成金を拡充してきた背景がある。
政府が助成金で企業を直接保護して正規雇用を守る一方、契約職員や派遣社員、パート、アルバイトなど、賃金や社会保障の待遇が悪い非正規労働者は年々増加。95年には全雇用者数の約20%だったのが、現在は4割近くにも達している。
こうした状況を政府は「行き過ぎた雇用維持」として、政策転換を図ろうとしている。昨年度の雇用調整助成金の支給総額は1134億円で、労働移動支援助成金は2億4000万円。政府の方針では15年度までに、これらの予算規模を逆転させるという。
ただ、木下さんは助成金による再就職支援を民間の人材ビジネスに委託する手法を問題視。「リストラするほど、人員整理をしたい会社と人材ビジネスが潤う仕組みだ」と批判する。
労働者の雇用を安定化させようと、規制強化も進められているが実効性に疑問もある。例えば昨年の労働契約法改正で、派遣・契約社員らの有期労働契約を5年を超えて更新した場合、企業は無期雇用にしなければならなくなった。
しかし、木下さんは「こうした法律が十分生かされず、企業は新たな正社員を採用するコストを避けようと、無期雇用にする前に雇い止めをする可能性が高い」と指摘。その結果、さらに非正規雇用が増え、正社員との格差も広がることを懸念する。
◆「国は労働政策の充実を」
「企業は従来の正社員の働き方を求めていない。職務や勤務地を限定する代わりに、給与など待遇を抑える事実上の限定正社員の雇用が、既に1980年代から進んでいる」
京都市内でのシンポで、甲南大名誉教授の熊沢誠さん(労使関係論)は、限定正社員を一般的な働き方とする労働市場の再構築を提案した。
企業から手厚い社会保障を受ける代わり、幅広く職務を担い、不本意な残業や転勤に応じなければならない日本型正社員は、世界の労働市場では異質とみられている。欧米では職務内容と責任の範囲に応じ、労働時間や賃金を決める限定的な働き方が一般的だ。
グローバル競争と経済低成長の中、高度成長期にできた日本の雇用慣行の維持は、高コストで困難になっている。この現状を踏まえ、限定正社員の導入に反対するのではなく「不安定な有期雇用の非正規従業員を減らす労働運動こそが求められる」と熊沢さんは主張する。
ただ、産業別労組の組織率が高い欧米と違い、企業内労使の協調関係が長く続いた日本で、非正規労働者の権利を守る運動が広がるかは不透明。木下さんは「企業や業界の保護より、労働者個人を守る欧州各国の政策に学ぶべきだ」と強調。「民間任せでなく、国の責任で失業時の生活を保障し、職業訓練などを提供する労働市場政策の充実を」と訴える。(林勝)
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