2012/08/22
広瀬清彦さん(66)
丹沢山系の青い峰を背に、神奈川県秦野市の広瀬清彦さんが大豆の世話をしていた。突然の夕立に、「これでニンジンが芽を出す」と、日焼けした顔をほころばせる。
広瀬さんが本格的に農業を始めたのは5年前。かつては非鉄金属メーカーに勤め、出向先の商社で長年、半導体の営業管理をしていた。
毎晩遅くまで働き、家に着くのは午前1時や2時。土曜日も出勤することが多く、ストレスで胃潰瘍を患った。50代で妻と息子2人と離れ、大阪に5年間、単身赴任。シンガポールにある関連子会社の取締役も兼務していたため、年に10回近く、現地に出張した。友人からは「命を擦り減らして仕事しているみたいだね」と言われた。
転機が訪れたのは、57歳の夏。体がだるく、「風邪かな」と、軽い気持ちで病院に行った。すぐに救急車で循環器の専門病院に搬送され、緊急手術。心筋梗塞だった。
これをきっかけに、「定年後はサラリーマン生活と縁を切ろう」と考えるようになった。たまたま県の広報紙で、週末に中高年向けの農業研修が開かれることを知り、妻の美智子さん(66)と一緒に参加した。
それまでベランダで花を育てたこともなかったが、いざ野菜作りを始めると、線香花火のようなニンジンの芽や、薄黄色のオクラの花びらの上品さに驚き、のめり込んだ。
退職後、同市や農協などが始めた「はだの市民農業塾」の1期生となり、1年間、プロの農家になるために必要な知識や技術を習得。卒業後、30アールの畑を借りた。
育てるのはニンジン、キャベツ、ジャガイモ、タマネギ、カブなど。「日常で食べている野菜を、きちっと作りたい」と思うからだ。
火曜日と金曜日には、小田急線渋沢駅近くの直売所「やさい畑ゆう・ゆ~う」に立って、農業塾の出身者7人が作った野菜を売る。
広瀬さんのこだわりは、農薬と化学肥料をなるべく使わないこと。野菜は当日の朝か、前日の夕方に収穫して、自分で食べて味を確認する。客からよく調理法を聞かれるので、焼くか煮るか、おいしい食べ方を教えられるようにするためだ。
もうけはほとんど出ないが、「農業を始めたことで、地元に新しい仲間ができた」。
広瀬さんは毎朝、寝床でその日の作業を考える。「ナスの枝を落として、キュウリとオクラとインゲンを収穫しよう」。中古の軽トラックに乗り込んで、畑へと向かう。胃潰瘍と心臓の調子は、すっかりよくなった。昨日とは少し違う畑の様子を楽しみにしながら、1日が始まる。
(伊東治子)
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