2011/11/20
介護士人手不足「待遇改善が先」
野田佳彦首相が交渉参加の準備を始めた環太平洋連携協定(TPP)。関税撤廃で輸出企業が海外移転を思いとどまって国内の雇用は維持されるとの見方があるが、低賃金の外国人労働者が日本に流入して雇用を脅かすと懸念する声もある。どうなるかは、いずれも政府の今後の交渉次第。反対派の不安は当分解消されそうにない。
「おじいちゃん、おばあちゃんの世話は楽しい。でも、この仕事はいつまで続けられるか…」。愛知県日進市の通所介護施設「さくらの家」で介護福祉士の松嶋恭弘さん(43)がため息をついた。
施設で働く同僚は15人。失禁したお年寄りの下着を脱がせ、下半身を拭く。認知症で風呂嫌いのお年寄りをなだめすかして浴槽に入れることもある。月給は全国の同業者の平均19万6000円と「だいたい同じ」。日本医療労働組合連合会(日本医労連)によると、サラリーマン全体の平均より10万円も安い。
「現在は母と2人暮らしだから何とかやっていけるが、結婚するには転職しないと」と松嶋さん。さらにTPPで「外国から大量に働き手が入ってきて、僕たちの給料がもっと下がるかも」と顔を曇らせた。
現在のTPP交渉で単純労働者の受け入れは協議の対象になっていないが、介護福祉士など技能や資格を持った労働者の取り扱いは不透明。TPPに反対している全国労働組合総連合(全労連)は「日本が本格的に交渉に参加すれば、労働市場の開放を迫られる恐れがある」と指摘する。
さらに松嶋さんの念頭にあるのは、日本で介護福祉士になるためインドネシアとフィリピンから既に大勢が入国していることだ。2008年に始まった制度で、看護師と合わせて1360人が来日。福祉施設や病院で働いて給料をもらいながら、日本の国家試験合格を目指している。
松嶋さんは介護の仕事を始めて6年目。多くの仲間が給料に不満を抱いて辞めていくのを見てきた。厚生労働省によると、介護関係の有効求人倍率は08年12月に2・53を記録し、常に1倍を超えている。世の中は就職難なのに働き手の数が足りていない。外国人労働者の参入が進めば、給料はますます下がるのではとの不安が消えない。
「海外から介護福祉士を受け入れるかどうかを議論する前に、僕たちの待遇の改善を」と松嶋さん。仕事の中身や賃金といった業界の根本的な問題がいつも置き去りにされているように映る。
連合はTPP自体に賛成の立場だが、連合愛知の土肥和則事務局長(54)は「労働力の安易な移動には反対。労働条件が悪化しないようしっかり対応する」と話している。
◆議論の可能性ある
「TPP亡国論」などの著書で知られる中野剛志・京大大学院准教授(政治経済学)の話 TPP交渉はすべての物とサービスが対象になるので、将来、労働者の自由な移動が議論される可能性は十分にある。現在、交渉に参加しているのは、東南アジアのベトナムやマレーシアなど他国に労働力を提供したい低賃金国と、米国やオーストラリアという移民国家。日本も米国並みに海外からの労働力の受け入れを迫られるかもしれない。
◆悪条件にはノーを
TPP推進を主張する石川和男・政策研究大学院大客員教授(経済産業政策)の話 海外からの単純労働力の受け入れは現在のTPP交渉の対象になっておらず、仮に対象になっても、日本人の雇用に悪影響を与える条件は受け入れなければいい。交渉に参加しなければ世界の自由貿易の枠組みから取り残されて経済が低迷し、雇用の悪化につながる。
【インドネシアとフィリピンからの外国人労働者の受け入れ】
介護福祉士を目指し788人が入国。3年間の実務経験を経て、来年から国家試験が始まる。看護師を目指すのは572人だが、来日した年度から受験できる国家試験合格は19人にとどまっている。いずれも3~4年以内に試験に合格しないと帰国が義務づけられ、国内の受け入れ施設も限られているため、昨年以降の入国者数は横ばい。制度が事実上機能していないとの指摘もある。
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