2011/09/20
山深い熊野市神川町だけで産出される那智黒石の採石場は、台風12号の大雨で浸水した。水は引いたが、採掘も加工もままならない状態だ。それでも職人は「和歌山県の販売店の方が、被害がひどい」と取引先を気遣い、破損した商品の修理に乗り出す構えだ。那智黒石の伝統を絶やすまいと、関係者の奮闘が続いている。
緑が茂る神川町の採石場。そびえる岩肌の下に長さ30メートル、幅20メートルのくぼみがあった。「台風直後は、深さ15メートルの水がたまった」と、同町で採石や製造の工房を手掛ける仮谷紘義さん(67)がつぶやく。途絶えていた電気は7日に回復し、ポンプで排水し終えたが、日常の混乱で工房の職人も仕事にはほとんど手付かずの状態となっている。
文人墨客に愛されてきた碁石やすずり、置物は神川町が誇る伝統。生産の最終段階は職人の腕が頼りだが、機械や水も作業に必須で、ライフラインの途絶は痛手となった。だが、それ以上に紘義さんは、和歌山県の被害を心配する。「熊野三山の神社周辺の被害がひどい。昔なじみの販売店に手を貸したいのに、電話も通じないところもある」
紘義さんの長男、憲司さん(41)は、神川町と市街地を結ぶ道路が開通した7日、真っ先に那智勝浦町の土産物店へ車を走らせた。同店は祖父の代から家族ぐるみの付き合い。店主(67)は約35年前、台風で崩落した神川町の採石場に足を運んで、土砂除去を手伝ってくれた“恩”もあった。
途中、店主が電話で「落ち着いてからで大丈夫だから」と固辞したため、引き返すことに。それでも、店内に土砂が入り込んだと聞き、憲司さんの胸は高ぶった。「石の表面が傷ついても、ぼくら職人の技術なら元の光沢に戻せる。那智黒石の絆を守り続けるために、力を尽くしたい」と。
【那智黒石】 高級な碁石の黒石の原料として知られ、熊野市の特産品。工芸品などは、世界遺産の熊野三山(熊野本宮、熊野那智、熊野速玉大社)周辺の土産物店でも売られている。
(小柳悠志)
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