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【医療】訪問看護ステーション 1人開業はOKか

2011/06/14

常勤2・5人の確保厳しい

 3月の行政刷新会議の規制仕分け。在宅医療に欠かせない訪問看護ステーションの人員基準について、「常勤看護師2・5人を1人に緩和すべきだ」と、条件つきながら規制緩和の方向性を示した。しかし、看護関係団体などの間では、昼夜を問わない患者の依頼を受けられない」として、全面的な規制緩和には、反対が根強い。(市川真)

 名古屋市内に住む神経難病患者の市江由紀子さん(40)宅。市江さんの指に付けた脈拍計が125を表示した。「脈早いねえ。手は冷たいけど、熱はないわね」。訪問看護師の冨士恵美子さん(54)が手を触りながら、素早く体調を診る。市江さんは、キーボードで音声を発する機械を操作し「しゃべりすぎたのが原因ね」とにっこり笑った。

 市江さんは、気管切開した2ヶ月前から訪問看護を依頼。冨士さんらが毎日訪問し、点滴やガーゼ交換などを行っている。

 冨士さんは1年前、同市熱田区で「訪問看護ステーションななみ」を立ち上げた。自宅で生活する神経難病や末期がんの患者ら、医療への依存度が高い患者も多く看護している。

 今でこそ常勤看護師3人、パート看護師7人が在籍し、患者も順調に増えているが、設立当初は「常勤2・5人」を確保するのやっと。受け持ち患者も、開設当初の1カ月は1人。ステーション開設費用や従業員給料などで500万円の借金を作ってしまった。

 なぜ概存施設に所属のではなく、苦労して自ら立ち上げたのか。

 冨士さんは「自分が目指す介護保険では対応しきれない、きめ細かな看護を追及するには、それしか道が無かった」と話す。

 病院で看護師長を務めていた20年前、末期がんの80代の女性の看護を担当した。女性はおにぎりをしきり欲しがったが、病院の方針は減塩第一。だが、看護師仲間で話し合い、おにぎりを持っていってあげると、女性はうれしそうな表情で口に運んだ。ほんの一口食べられただけだったが、「減塩のためにおにぎりを我慢させることが、この人の幸せにつながるとは思えなかった」と振り返る。

 全国では、国の基準を下回り、廃止や休止に追い込まれるステーションが多発しており、2009年度には、その数152箇所に及んだ。

 こうした状況を防ぐため、開業看護師を育てる会(事務局・神奈川県藤沢市)は「国は1人開業を早く認めてほしい」としている。冨士さんも「1人でも開業できるように基準を緩和して、利用者が増えてきたら他の人を雇えばいいと思う」と話す。

◆判断誤る恐れ懸念 震災で特例あるが

 東日本大震災の被災地では、訪問看護ステーションの1人開業が最長来年2月末まで認められた。被害を受けた訪問看護事業所があり、在宅の高齢者にサービスが行き届かなく事態を避けるためだ。だが、これはあくまで特例。

 規制緩和の方向性に対して、日本看護協会などの関係団体は「小規模なステーションほどサービスの安定供給は難しい。支援体制があり、煩雑な事務処理は本部で一元化するような“サテライト事業所”の設置で対応すべきだ」と反対の意見を変えていない。

 名古屋市守山区の「訪問看護ステーションすずき」管理者の看護師坂井留里子さん(58)も同意見。同ステーションは4月に常勤が1人退職。人員のやりくりに苦労したが、「1人では、病気になっても代われる人がおらず、利用者に迷惑がかかる。緊急の訪問要請にすぐ対応するのも難しいし、夜間待機を365日するのは無理」と指摘する。

 訪問看護ステーションの事業所数は、介護保険制度が始まった。2000年以降、増加傾向が鈍化し、09年10月現在で約5千700ヵ所。25年には、年間死亡者数が現在の3割増の160万人を超える見込み、事業所数を増やし、「在宅でのみとり」ができる体制整備が不可欠だ。

 10ヵ所以上の訪問看護ステーションを立ち上げたことがある看護介護政策研究所(東京都足立区)の宮崎和加子所長は、専門職の看護師でも、1人だけでは判断を誤る危険性があるという。「入院させた方がいいのかなど、微妙な問題に直面する事が多いから、チーム対応は欠かせない。1人のリスクを直視しないといけない」と心配しつつ、「地域に根を張って頑張っている看護師なら、2人くらいの仲間はすぐ見つかるもの」と現行要件をクリアして開業を目指すようエールを送る。

【1人開業の動き】
自宅で1人で開業する「主婦ナース」を目指して全国の看護師が2008年に「開業看護師を育てる会」を結成。看護師の新しい働きかたで、利用率が高いビジネスモデルとしている。

 行政刷新会議の規制仕分けの議論でも「民間の自由・創意工夫を活用するためにサービス提供を認めるべきだ」「多様なニーズに対応する多様な供給体制をつくるべきだ」といった経済的な視点からの議論が目立った。利用者からは、1人開業を求める表だった要望は出されていない。