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やってみました 記者たちの職業体験ルポ 巻せんべい職人

2010/09/30

伝統の味 手作り貫く

 豊川稲荷の土産物として、かつて周辺の十二、三店が競って販売した巻せんべい。今はほとんどが店を畳み、百二十年の伝統の味を手作りで伝えるのは、豊川市では和菓子店「穂の国」だけという。「伝統の技」を体験したくて、巻せんべい作りの一日修業を申し出た。
 豊川市本野ケ原の和菓子工場を訪ねた。百平方メートルほどのこぢんまりした室内に、せんべいを焼いたり、あめを練ったりする機械が数台。数人のパートさんが忙しそうに働いていた。室内にあるのは扇風機だけで、蒸し風呂のような熱気が体にまとわりついてきた。

 三代目店主の小川豊次さん(70)が「クーラーを入れると、せんべいが硬くなって巻けなくなってしまうんですよ」と教えてくれた。パートの女性は「今日はまだいい方よ」と涼しい顔。それでも持参したタオルは、話を聞いている間に汗でぐっしょりになった。

 巻せんべいの中に入れる芯を伸ばす作業を体験した。材料は砂糖とあめ。機械で練ったものに特殊な小麦粉をまぶして手で伸ばす。

 小川さんは「スー、スー、スー」と三秒ほどで一メートル余りの芯を作った。記者がやると太さはふぞろい、しかも時間がかかる。「左手の指で太さをそろえ、右手の小指の付け根で整える」と言われたが、熟練が必要だと感じた。

 この芯に焼いたせんべいを巻き付ける。焼きたてのせんべいは素手では持てない熱さ。薄い布の手袋を二枚重ねてはめた。最初は折り込むようにきつめに巻き、さらに両手で転がして軽く巻く。何度か繰り返すうちに「いいじゃない」となんとか合格点をもらえた。

 こうして作る巻せんべいは、一日三百袋が限界という。完全に機械化すれば大量生産は可能だが「芯を手で伸ばし、せんべいを手で巻くから、適度に空気を含んで軽い歯触りになる」と、小川さんは手作りにこだわる。

 さらに空気を含みやすいようにせんべいの表面に筋を入れたり、食べやすいように一口サイズに切ったり。健康志向に配慮し、砂糖から漂白剤を使わない「てんさい糖」に切り替えたりと、時代に合わせた改良は続く。

 「いいものを作らなければ生き残れない」と小川さん。少量生産で販路は限られるが「豊川にしかないものを地元で売ることで街も栄えると思う」。伝統へのこだわりは、地域振興へのこだわりでもあった。(志方一雄)

 【メモ】菓子製造業の責任者になるには、講習会を受講するか、調理師、製菓衛生師の免許が必要。和洋菓子店に勤務して技術を学び、独立開業するのが一般的。修業中の給料は、一般企業より若干安めという。