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やってみました 記者たちの職業体験ルポ つま物農家

2010/09/01

 暦の上で立秋を過ぎたとはいえ、いまだ残暑厳しい三河地方は「夏真っ盛り」の印象がぬぐえない。それなのに、赤いモミジの葉を大量に出荷している農家があると聞き、驚いた。「こんなに暑いのに、紅葉なんてするのかな…」。半信半疑で、幸田町深溝の伊藤農園へ向かった。
 料亭や居酒屋で日本料理の皿を彩る「つま物」を年間六十種類以上生産、出荷する同農園。主(あるじ)の伊藤嘉啓さん(40)が丁寧に教えてくれた。「料理の世界は季節を先取りするし、メニューの写真撮影もある。もう完全に秋モードです。もちろん普通に育ててちゃ、紅葉なんてしないけど」。

 秘密は、炎天下の斜面にある「モミジ畑」での作業体験で教えてもらった。立ち並ぶ高さ一・二メートルほどのカエデの木数百本に、青々と緑色の葉が茂る。

 伊藤さんは到着するなり、「ぶちぶち」と音をさせながら、葉をもぎ始めた。「二、三十日すれば、新しい葉が生えてくる。若い葉は真っ赤だから、紅葉に見立てられる」。

 なるほど、逆転の発想ですね。軍手をはめた記者も汗だくで、木一本を丸裸にした。葉だけをもぎ、枝や幹を傷つけないように気を使う。庭木をいじって怒られた幼い日のいたずらの延長みたいで楽しいが、何百本もこなすプロの大変さを考えると、気が遠くなる。

 少し離れた場所には、すでに新芽が生えた木々。「これまでのデータと経験で、何月何日に何本の葉をもぐかを決める。今年は猛暑と雨が交互に来て、緻密(ちみつ)な計算が難しいね」。二十日前に葉をもいだ枝が収穫期を迎え、鮮やかな赤色に染まった若葉が熱風にそよいでいた。

 春は七草や梅、桜の花、夏には青いカエデの葉。秋は紅葉したカエデや柿の葉、冬にはナンテン。日本料理に欠かせない“脇役”づくりを担う伊藤さんには誇りがある。「この国にしかない四季の風情を、文化を支える仕事。必ず次の世代に伝えたい」。小学二年生の息子は、跡を継ぐと約束してくれている。(中野祐紀)

 【メモ】数十種類ものつま物を作る農家は全国的に珍しい。伊藤さんの農園では各種の葉など10枚を1パックとし、毎日1000~4000パックを出荷。35人の従業員がおり、1ヘクタールあたりの売り上げは年間約800万円程度。商品は見た目が命のため、細やかな気配りができる人が向いているという。

真夏の炎天下でカエデの葉の色を確かめる伊藤嘉啓さん=幸田町深溝で
真夏の炎天下でカエデの葉の色を確かめる伊藤嘉啓さん=幸田町深溝で