2010/08/18
今、「選択と集中」という言葉が簡単に使われていますが、それはちょっと違うと思うんですね。簡単に切って捨てると、そこにいる人たちの職を考えないといけない。継続している各事業分野をいかにうまく次の時代に変異させ、適応できる形に変革させていくかが、トップの任務だと思うんです。
私どもの会社の経緯を見ていただくとお分かりだと思いますが、創業から120年弱の間に、時代の流れや環境の変化の中でいろんな苦難を乗り越えながら変貌(へんぼう)して生きてきた。いろいろな業種を、バランスを取りながらやってきた。良い業種、良くない業種がそれぞれの時代によって違うわけです。
繊維産業は、明治から昭和の前半にかけてずっとよかった。それが今では最終的なファッションまでリンクした垂直的な事業しか生き残れなくなってきている。
私が社長に就任した15年前、繊維の売上高は全体の50%でしたが、今は10%台。一方で15%だった医薬品分野は40%に伸びた。発展途上国で投資や資源関連を扱う商社分野も含め、グローバルな活動がどんどん大きくなっています。
医薬品の場合、15年前は海外という考え方はほとんどゼロでしたが、今は全世界に販売網と研究開発網を引きました。高コレステロール血症治療剤「リバロ」は徐々に海外へ出ていっています。
電機光学とか商社分野では、今は環境関係や省エネですよね。発光ダイオード(LED)とか太陽光とか、そちらの方向に商売の中身が少しずつ切り替わっている。
世の中が不景気だ、何とかしてくれと政府に言う人もいるが、自分から活路を見いださないと。おれは日本だけでいい、という考え方は今は成り立たない。海外からもっと強い力がどっと入ってきている。入ってくるなとは言えないんです。
時代の流れをつかむには日本だけにいても分からない。世界からも日本を見てみるとか、絶えずしないと。自分の肌で感じて先頭に立っていかないとだめだと思います。
経営はボトムアップでやるという人もいますが、私はトップダウンでいきます。トップが確固たる方向性を持ち、下がきちっと迅速に対応していく。
ただ、撤退を決断するときも勇気がいりますよ。3年、5年やっても、うちの環境や風土に合わず、人も育てられないところは損が続きますから、撤退せざるを得ない。見切りをつけるときははっきりつけないとだめ。成功があれば失敗もあるんじゃないですか。
聞き手・大森準
写真・福沢和義
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みわ・よしひろ 慶大大学院商学研究科修士課程修了。1980年に興和へ入社し、95年に5代目の社長に就任。興和は1894(明治27)年に綿布問屋として創業。繊維などの商社部門と、医薬品中心のメーカー部門があり、2010年3月期連結売上高は2332億円。名古屋市千種区出身。54歳。
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