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【暮らし】自動車工場の派遣工員(上) 消えぬ解雇への不安

2008/10/02

 正社員に比べて厳しい条件で働く派遣社員が増え続け、ワーキングプア(働く貧困層)増加の原因にもなっている。わが国の経済を支える自動車業界も例外ではない。西日本のある自動車工場で派遣工員として勤務する四十歳代の男性Aさんに密着取材した。「いつ首になって生活が成り立たなくなるか分からない」という派遣社員らの不安心理が鮮明に浮かび上がった。 (白井康彦)

 今年六月に東京・秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大容疑者(26)は、直前まで静岡県内の自動車工場で派遣工員として勤務。リストラされるのではという不安を抱え込んでいたとされる。Aさんは「容疑者の事件前の勤務状況は自分と似ている」と話す。

 Aさんは東京都内で運送会社のアルバイトをしていたが、盗難に遭って生活が困窮。今年一月に派遣会社B社に登録し、同月下旬に自動車メーカーC社の西日本の工場に派遣された。派遣期間は約半年だった。

 休みは月に六日のペースで与えられた。労働時間は八時間だが、五十秒に一台ずつ造りかけの車が回ってくる製造ラインで、ひざを曲げたままの作業に従事。筋肉痛の薬を常用していた。

 時給は、加藤容疑者が千三百円だったと伝えられているが、Aさんは千百円。B社が借り上げる賃貸住宅に住んでC社の工場に通う一般的なパターンだと、家賃や光熱費などを差し引かれる手取り月収は十五万円ぐらいだという。「こうした状況の中でさらに首になる不安にさいなまれるのだから、精神的にもきつい」とAさんは訴える。

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 Aさんの勤め方は登録型派遣と呼ばれる。派遣会社に登録。派遣会社が派遣先の会社を確保して、労働者が同意すれば、実際に派遣される。派遣労働者は派遣会社に雇用されて派遣会社から給料をもらうが、勤務の現場では派遣先会社の指揮命令に従う(図参照)。

 派遣先会社から契約解除されると、派遣会社との雇用関係もなくなる。給料をもらえるのは派遣先の会社で働いている間だけ。雇用期間中でも立場が安定しているわけではないことに注意が必要だ。

 AさんはC社の工場で無遅刻無欠勤で勤務し、七月に契約が更新されて派遣期間は来年一月までになったとB社から伝えられた。ところが、約十日後にB社の現場管理担当者から「八月下旬でC社との契約は解除される」と通告された。Aさんの部署で働いていたB社の他の派遣工員らも同様の通告を受けた。

 Aさんは「契約解除される理由がないし、そんなに重要なことを文書でなく口頭で伝えられることにも納得できない」と怒り、労働基準監督署に相談するなどし抵抗した。結局、Aさんは工場内の配置転換という形に落ち着いたが、通告された派遣工員の大半は工場を去っていった。 

 景気は世界的に陰りが見えており、自動車業界では生産調整の動きが広がり始めている。今年夏には数百人規模の派遣工員の契約を解除した大手メーカーもある。Aさんや派遣工員仲間は「首にしやすい派遣工員から人員カットする動きが自動車工場で広がるのではないか」と憂えている。

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 厚生労働省の労働政策審議会は先月二十四日、労働者派遣制度の見直しに関する建議をまとめた。それに基づいて同省は同制度の見直し作業を進める。

 建議は、日雇い派遣や期間三十日以内の短期派遣の原則禁止を打ち出した。しかし、それ以外の登録型派遣については、労働者保護につながる規制強化策をほとんど示さなかった。この点について野党や労組、日本弁護士連合会などが強く反発している。派遣制度をどこまで見直すか、衆院選の与野党の争点の一つにもなりそうな情勢だ。