2010/06/23
表情引き出す会話術
デジタルカメラの普及で仕事はあがったりなのでは-。常々、そんな疑問を抱いていた写真館を訪ねた。
「現像、プリント専門店は閉店が相次ぎましたが、撮影の仕事は影響ないですね」。豊川市中央通の富士写真館の藤田慎さん(59)が笑顔で答えてくれた。
写真館の仕事はスタジオでの記念写真撮影、学校行事や結婚式の出張撮影など。デジカメの普及で役所などの工事現場の写真プリントはなくなったが、就職難で履歴書に使う証明写真の需要は大幅増、ホームページ用の撮影依頼も増えているという。
証明写真の撮影に立ち会った。お客の女性と気さくに会話を交わす藤田さん。実はこの瞬間から仕事は始まっているという。「上目遣いがかわいいな、とか、話しながらどういう表情を引き出すかイメージをつくります」
スタジオで女性が席に着くと「試しに一枚撮ります」とパチリ。「もう少しあごを引いて」でもう一枚。「この辺りに目線を」と手をひらつかせて一枚。撮ったばかりのデジカメ映像を女性に示し「最初はこう。次はこう、その次。ね、ぜんぜん違うでしょ」。「ほんとだー」と女性は納得の表情。
さらに「額の髪の毛を少し上げて」「腕を組んでみて」と次々注文。「あごの下の影を消しましょう」と反射板を顔の下に置いたり。「チークはほおの横だけじゃなく、下の方まで塗るとシャープな感じに見えますよ」とメーク談議にまで及んだ。一人当たり三十カットから五十カット撮影。就職用では、明るく、やる気のある表情を引き出すという。
意外と知られていないのが撮った後の修整作業だ。高齢者のしわや吹き出物などを不自然でない程度に消したりぼかしたりする。
ネガフィルムの修整を体験した。修整には専用の鉛筆の芯を使う。芯は先をとがらせるだけでなく、適度にしなるように三センチほどにわたって細く削る。まず小刀の刃を横にして慎重に削ったが、ほとんど削れない。一気に削ろうと刃を立てた瞬間、芯がポキッと折れた。さらに二種類の紙やすりで仕上げ、計一時間はかかるという。
修整は、十倍の顕微鏡を使い、ネガの白いしわを鉛筆で塗りつぶす。「レ点を描くように」と言われたが、動きが十倍に拡大されるため指と目がバラバラな感じでうまくいかない。強く塗るとやはりポキッ。隠れた努力の一端を知った。
「撮影は、技術よりコミュニケーションが大事。その人らしさを引き出すのがおもしろい」と藤田さん。どんなに技術が進歩しても撮影は人にしかできない-。そんな自負が伝わってきた。(志方一雄)
【メモ】専門学校などで写真を学んだ人が多いが、特に資格は不要。家業を継いだり、写真館勤務を経て独立したりする。建物や機材がそろえば、大半が技術料のため利益率は高い。家族経営でも年収1000万円は可能という。
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