2010/04/02
愛荘町のペルー人デ・ラ・コリーナ・ホセさん(52)が先月、米原市の職業訓練校「テクノカレッジ米原」を卒業した。パソコン技術の習得など努力を積み重ねようと決意したのは、趣味の絵画を通じて知り合った地元の日本人らがきっかけだった。不況のあおりで失業してから約1年3カ月。「また日本で働きたい」と、再就職を目標に日々、奮闘中だ。
ホセさんは妻と2人で1992年に来日。母国で暮らす2人の子どもへ月6万円の生活費を仕送りするため、大阪府のプラスチック製造工場に勤めた。工場の閉鎖で01年に滋賀へ移り、派遣会社に登録、甲賀市の業務用冷蔵庫製造会社に派遣された。しかし、世界的な不況で、08年12月に契約解除となった。
妻の稼ぎで生活を続ける中、手を差し伸べてくれたのは、画家の藤井譲さん(60)=愛荘町=ら地元の住民たちだ。「苦しいのは日本人も外国人も同じ。少しでも協力したい」との思いから、09年2月に町民らでつくる「在日ペルー人芸術家・ホセ氏を支援する会」を発足させた。
絵画作品の紹介文を日本語に翻訳したり、額縁を貸したりしてホセさんの作品展を09年4~5月に開催。既に県内で個展を数回開き、イラスト入りの絵はがきやTシャツも販売。架空の物語を題材に、恐竜のような生き物を色彩豊かに描く独特の味わいのある作品が、子どもから大人までを楽しませている。
展示活動を通じて多くの人に出会う中、「日本人も不況で苦しんでいる。派遣切りに遭ったことに文句は言えない」とホセさん。「人に頼っているだけでは前に進めない」との思いが芽生えた。
ハローワークなどを通じて仕事の面接を受ける傍らで、彦根市内で日本語講座を受けた。ひらがなやカタカナ、漢字など基礎を3カ月間学び、同校が開いた定住外国人向けの「就職スキルアップ科」の募集に手を挙げた。
「日本に来て18年たつけど、面接の仕方があることを初めて知った」。ビジネスマナー、接客や農業体験と、日本の慣習や文化を学校で学んだ。再就職への道のりは遠いが、「面接に失敗したら、また一つ努力すればいい」と趣味の絵画を続けながら、困難に立ち向かっている。
(古根村進然)
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