貸し切りバス旅行で観光地を案内し、さまざまな話題や歌で移動のひとときに彩りを添えるバスガイド。修学旅行などで誰もがお世話になった経験があるだろう。だが、不安定な非正規雇用やバス会社に所属しない個人事業主として働き、雇用保険や厚生年金に加入できない人も多い。少しでも待遇を改善しようと、浜松市を中心とした有志が起業した。 (稲田雅文)
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「こちらが二天門。最近、化粧直しをしたんですよ」
九月下旬、東京都台東区の浅草寺。制服姿で旗を掲げるバスガイドの加藤愛恵(よしえ)さん(66)=浜松市中区=が団体旅行の一行を先導し、見どころを解説していた。「このお店の雷おこしは、1つ1つ包装されているのでお薦め」などと、経験を生かしたアドバイスに、参加者は興味深そうに耳を傾けていた。
加藤さんら3人は4月、有限責任事業組合(LLP)「藍恵(よしえ)の会」(浜松市)を設立。この日は、愛知県の貸し切りバス会社が運行するバスに、業務請負委託を受けた藍恵の会代表の加藤さんが乗務した。
バスガイドの業務は多彩だ。狭い道路や駐車場でバスを誘導するなど、運転手の補佐役のほか、観光地案内をしたり、歌やクイズなどのレクリエーションで乗客を楽しませたり。観光地を案内するには予習が欠かせず、気配りが大切。早朝や泊まりがけの乗務もあり、体力的にも厳しい。
バス会社の社員と思いがちだが、正社員は全体の1部。雇用期間が限られた契約社員や派遣会社の所属者、個人事業主の立場でバスガイドがつくる組織から紹介を受けた人などさまざまだ。加藤さんによると乗務時間に関係なく、1日当たり1万5000円程度の賃金で働くことが多いという。
18歳で正社員としてバスガイドになった加藤さんも、一度退職すると非正規雇用になった。不安定な形態のため、雇用保険や厚生年金などに入ることができない現状を改めようと、起業を決意。LLPを選んだのは、専門技術を持った人が集まり、全員で協力して活動を進めるのに合った仕組みだからという。
参加したいバスガイドは、藍恵の会と正社員の雇用契約を結び、会が委託を受けた仕事をこなす。給料は働いた日数に応じて支払う歩合制だが、雇用保険などの社会保険料は天引きされる。仕事でけがをしても労災保険がカバーする。
現在、同会には8人が所属。社員の浜松市北区、峰野良枝さん(51)は「社会保障制度は無知だったが、知るとバスガイドが置かれた状況はおかしいと分かった。長く仕事を続けたい」と話す。
会の理念に賛同し、社員となる人を全国から募集しているほか、今後は人材も育成。観光バスガイドに関する資料館の開設を目指すという。加藤さんは「ベテランガイドの知識の蓄積が何よりの宝。会としてバスガイドを守り経験を生かしていきたい」と語る。
◆減る正社員ガイド
日本バス協会によると、2000年の道路運送法改正で貸し切りバスは規制緩和され、1999年度に約2300だった事業者数は、09年に4400へと増加。価格競争も激しくなっている。さらに観光バスと貸し切りバスへのバスガイド乗務が必須でなくなり、料金を抑えるため、運転手だけで運行する旅行も増えている。
同協会の調べでは、07年度に5354人だった正社員のバスガイドは、11年度に4461人に減少。結婚を機に辞めた経験者などを、必要に応じて非正規雇用するなどして補っている。
国土交通省によると、バスガイドとなるために必要な資格は特になく、非正規雇用を含めたバスガイドの人数を調べた国の統計も、最近はないという。