「大学の非常勤講師の窮状を知ってほしい」。こんな声が生活部に届いた。大学教育を支えているのに、生活を満足に支えられない収入に甘んじ、厚生年金をはじめ社会保険にも十分に加入できない。授業中の講義室以外に大学に居場所もなく、常に雇い止めの不安を抱える不安定な立場だという。 (稲田雅文)
「学生も先生が週1度のパート労働者だと思っていないと思います。実情を話すわけにもいかない」。関西地方でフランス語やフランス文学を教える非常勤講師の50代男性は自嘲気味に話す。
男性は関西の公立と私立の3大学で90分間の授業をそれぞれ1週間に2コマ、計6コマを受け持っている。報酬は1コマ当たり月2万5千円、2回の授業だと6千円を上回る程度。あとは交通費が出るだけだ。年収は200万円に届かず、上がる見込みもない。
大学には講師控室があるのみ。じっくり作業できる場所はなく、自宅が「研究室」になっている。いつでも学生の質問に答えたいが、授業後に講義室に残って対応するしかない。
1人暮らしに必要な経費を切り詰めて、研究のため必要なフランス語の本を月1万円ほど買うほか、教材にするためフランスのテレビ放送を視聴する経費もかかっている。働くため欠かせないパソコンやネット接続費用などもすべて自腹だ。
国民年金保険料は納めているものの、国民健康保険料は「毎月払ったら生活できない」。過去に借りた奨学金の返済も求められており、話し合いで月5千円ずつ返済している。
専任教員を目指し、募集があれば何度も応募したが採用されなかった。フランス語教員自体の需要が減っており、いつ雇い止めになるかも不安だ。「フランスの文化を普及させようと思う使命感だけが支え。ボランティア活動と思っています」と男性。「まだ自分はまし。今は大学院の定員が増え、若い世代は非常勤講師の口も少なく、警備員や家庭教師などをしてしのいでいる」と語る。
「大学の授業の半分は非常勤講師が支えている。今の賃金では暮らしていけず、労働時間を授業時間の5倍にみなすべきです」と語るのは、首都圏大学非常勤講師組合の志田昇書記長。教員は1回の授業の準備で3時間程度の時間を費やしているほか、試験の採点時間なども必要だが、労働時間として考慮されていないためだ。
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同組合や関西圏大学非常勤講師組合などが実施した2007年の調査では、事例の男性のような専業の非常勤講師572人の年収の平均は306万円。平均で週9コマ担当している。研究と教育のバランスが取れる適正な数は週五コマとされ、生活のために授業を詰め込んでいる現状が浮かび上がる。
この調査で、専任教員との待遇差も歴然と出ている。常勤の職を得ていて、アルバイトで非常勤講師を担う人の場合、年収の平均は872万円で、倍以上を稼ぐ。
「1コマ月5万円を」という組合の要求で報酬を上げた大学もある。しかし、深刻なのは、雇われている人が入る被用者保険に入れないことだ。特に厚生年金の場合、現在は1つの職場で週に30時間程度以上働くことが適用の条件となっているため、複数の大学から報酬を得ている非常勤講師の働き方では、まず加入できない。
志田書記長は「少額の報酬でも事業所に厚生年金の保険料を負担させ、複数の事業所の保険料を合算する仕組みが必要だ」と制度改正を求めている。