就労を目指す精神障害者が増えている。2006年度から、法定雇用率に精神障害者の人数を算入するようになり、一部の企業では雇用し始めた。しかし、実際に雇用される精神障害者は、身体・知的障害者に比べてわずか。当事者たちは「私たちにも働く場所を」と呼び掛けている。 (市川真)
「仕事で社会とつながっている安心感がある。無職だと、『どうして仕事しないんだ』と言われているようで、人に会うのが面倒になる」
愛知県に住む統合失調症の男性(28)はこう話す。昨年十二月、保険代理業などを営む民間会社に契約社員として就職。五百人いるパート従業員の管理や電話応対などの業務を担当している。
男性が発症したのは学生時代。大学工学部で学んでいたが、就職活動やゼミ仲間との人間関係がうまくいかず不安感にさいなまれ、引きこもるなどの症状が出た。母親の勧めで精神科を受診。統合失調症の診断を受けた。
大学卒業後、パート勤務などを経て、病気を明らかにせずに健常者枠で六、七社の就職試験を受けたが、不採用に。このため、精神障害者保健福祉手帳を取得した上で、障害者枠での就職を果たした。現在は週五日間、フルタイムで働く。男性は「疲れたら帰っていいよと、正社員がいたわってくれるので働きやすい」と話す。
しかし、このように就活がうまくいく例は少ない。就労を目指す当事者たちの会「雇(こ)もれびの会」(事務局名古屋市)によると、障害者枠での求人を出している企業も、実際に雇うのは身体・知的障害者がほとんど。「メンタルな障害というだけで、なかなか雇用されない」という。
厚生労働省障害者雇用対策課によると、ハローワークに登録されている精神障害者保健福祉手帳取得者の求職者は全国約三万人。近年、就労者は年間二千人ずつ増えているが、まだ一万人にすぎない。「雇用が進んだというには程遠い」(同省)。
企業が精神障害者の雇用をためらうのは、「病状に波があり、会社の戦力として見込むのが難しい」「雇用のノウハウがなく、接し方が分からない」などの理由からだという。
◆積極採用の企業は
全国に先駆けて03年から精神障害者雇用をしているのが、大手ソフトウエアメーカー・富士ソフトの特例子会社「富士ソフト企画」(神奈川県鎌倉市)だ。
現在、雇用している障害者138人のうち68人が精神障害者。その6割が統合失調症で、服薬や体調管理が自分でできる人ばかりだ。主な業務は、人事データの電子化など親会社の庶務全般と、新規開拓したホームページ制作、名刺デザインなど。グループ8社の障害者雇用率は2・08%に上る。
同社は精神障害者が働きやすいように▽勤務当初は短時間勤務から開始▽同時に二人ずつ採用し、孤独感を癒やす▽カウンセラーに相談できる体制整備▽障害者同士の作業チームでピアサポート効果を得る−などの配慮をしているという。
遠田千穂・人材開発グループ長は「雇用は難しくない。健常者の目線で仕事を制限するのではなく、責任ある仕事を任せて障害に甘えない社員を育成するのが重要」と話す。
秋葉原駅前の高層ビルにある秋葉原営業所は、リーダーを含め11人全員が障害者。親会社のフロアの一角に仕事場があり、約100人の健常者の中で働く。
入社3年目という相模原市の男性(43)は「障害者のアンバランスさを良い意味で生かした人事配置をしてもらえれば、どの職場も働きやすくなるのではないか」と話している。
<法定雇用率> 障害者雇用促進法で定めた障害者の雇用割合。民間・国・地方公共団体は、それぞれ雇用割合に相当する人数の障害者の雇用が義務づけられている。従業員56人以上の民間企業で1.8%。
<特例子会社> 障害者雇用に配慮した会社。親会社の実雇用率に算入できる。