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【医療】臓器提供 家族で話して

2017/07/25

誰もが当事者になる可能性 愛知の女性 父の脳死で「承諾」経験伝える

 脳死での臓器提供の手続きで不可欠なのが、家族の承諾だ。大切な人の死をめぐる決断となるため、ドナー(提供者)の家族の中には後になって「本当に良かったのか」と精神的な負担を感じる人もいる。父の臓器提供を承諾した経験がある愛知県の団体職員浅井淳子さん(35)は、普段から死や臓器提供について話し合っていたため、後悔していないという。自らの経験を講演会などで語り「必要以上の負担を家族に強いないためにも、話し合いをしてほしい」と呼び掛けている。(稲田雅文)

 「私たちの家族にとって死について考えることは当たり前のことでした。提供を承諾したのは何が本人にとっていちばん良いのかを考えた結果でした」。移植を受けた人らでつくる日本移植者協議会東海支部が先日、日泰寺(名古屋市千種区)で開いたドナー慰霊祭。スピーチで浅井さんはこう語り「自分がどういう生き方をしたいか、何を幸せに思うかを話し合うことが、臓器移植を考えることにつながる」と訴えた。

 おしゃれで同年代の男性より若く見える父が大好きだった。1999年2月、国内初の脳死移植が実施されたころ、父は「これを持っていれば人の役に立てる。それぞれ自分の考えを書きなさい」と、意思表示カードを入手してきて家族に配った。両親とも医療関係の職に就き、テレビのドキュメンタリーを見ているときなどに、人の死について話題にすることが日常的にある家族だった。

 10年ほど前の深夜、浅井さんは物音とうめき声を聞いた。トイレに行くと父が倒れ、頭を打ったのか血を流していた。父は「救急車を呼んでくれ」と話したものの、救急車が来たころには意識を失っていた。

 救急車で運ばれた病院の診断はくも膜下出血。開頭手術が難しいほどの重症で、意識は回復しなかった。

 2週間ほどたち、再出血が起こる。仕事後に見舞っていた浅井さんは変化を感じた。それまでは話し掛けると聞いているような感じがしていたのに、それがなくなった。体がむくんできて「死に向かっている」と感じた。

 病院側から、脳死状態で回復は望めないと説明があり「こういう場合、臓器提供という選択肢がある。よく話し合ってください」と提示された。浅井さんは「私たちのように日常的に臓器提供について話していた家族ですら、病院から話があるまで、意思表示カードを持っていることをすっかり忘れていた」と当時を振り返る。

 父は「かっこよく生き、かっこよく死にたい」といつも語っていた。臓器提供は、父のそんな価値観に沿うことでもあった。家族の気持ちはまとまっていた。臓器移植法改正前で、当時は書面での意思表示がないと脳死での臓器提供ができなかったため、自宅に戻って引き出しを探すと、幸いにも父の署名入りのカードが見つかった。

 臓器移植コーディネーターからは「気持ちが変われば、いつでもやめられる」と言われた。それでも、家族が迷うことはなかった。深夜、2回目の法的脳死判定の後、死亡が宣告された。人工呼吸器によって心臓は動いており、手は温かかった。翌朝、手術室へ向かい、臓器が複数の人に移植された。

 ドナーの家族は「崇高な意思を持っている人」などと遠い存在に思っていたが、自分が当事者になると「特別な存在ではなく、普通の人間。きっとほかのドナーの家族もそうだろう」と気付いた。だれにでも経験する可能性があることを広く知ってもらいたくて、市民講座や医療関係者向けの勉強会で体験を話すようになった。

 臓器提供を勧めているわけではない。講演会ではこう話している。「移植医療への理解は、臓器提供に賛成することだけではありません。家族で話をした結果、臓器提供をしないという結論を出すことも、移植への理解だと思います」

父が家族に配った意思表示カード。署名をしていつも持ち歩いている=愛知県内で(一部画像処理)
父が家族に配った意思表示カード。署名をしていつも持ち歩いている=愛知県内で(一部画像処理)

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