2022/02/02
岐阜 健康経営75年
「たばこを吸う人は採用しない」と宣言している会社がある。岐阜市の天然樹脂・化学品メーカー「岐阜セラツク製造所」だ。七十五年前、病弱だった創業者が社員の健康を気遣い、禁煙を呼び掛けたのがきっかけ。今春の新卒採用が始まるのを前に、孫で現社長の尾木大(まさる)さん(49)は「健康へのこだわりは会社のDNA。価値観を共有できる人に出会いたい」と願いを込める。(池内琢、写真も)
「あなたはタバコを吸いますか?」。同社ホームページ(HP)の「採用情報」をクリックすると、こんなメッセージが現れる。
「YES」と回答すると「喫煙者は採用しておりません」とのメッセージ。「NO」を選ぶと、採用試験の応募条件や入社後の待遇などが分かる仕組みだ。
尾木さんによると、HP上で明文化したのは二〇〇六年ごろ。「『差別では』との批判は懸念したが、健康にこだわる社風は今に始まった話ではないので」と振り返る。
禁煙の取り組みの源流は、創業者の故・尾木信蔵(のぶぞう)さんの「健康経営」にある。旧日本軍の戦闘機「零戦」の燃料タンク表面の保護材として塗られていた輸入品の天然樹脂、セラックに注目。一九四七年に岐阜市で国産化を目指して起業した。セラックはその後、チョコレート菓子の表面の光沢材などとして使われ、会社は軌道に乗った。
一方、信蔵さんは幼少時から虚弱体質だったこともあり、創業直後から社員に健康維持を説き、社内で「飲め飲め牛乳、止め止めタバコ」とのスローガンを掲げた。喫煙者が大半だった創業当時は採用の条件にしなかったが、九一年に禁煙者に月額六千円の「禁煙手当」を支給する制度を始めた。他にも、社員が取引先の業者から牛乳やヨーグルトを買えば会社が半額を補助したり、年に四回、一キロの鶏肉を全社員に配ったりと、一貫して健康経営にこだわり、信蔵さんの長男喬さん(79)も受け継いだ。
孫の尾木さんは「喫煙は肺がんなどのリスクがあるのはもちろん、頻繁なたばこ休憩で仕事の能率も下がる」。健康路線を継承する一方、喫煙するしないは個人の自由で尊重すべきことと考える。取引先にはたばこ関連業者もある。ただ入社してくる人とは会社の理念を共有したいという。「喫煙者に『ごめんなさい』をしてでも、価値観を共にする人と一緒に働けたら」と語る。
◇
◆星野リゾートなども導入
◆禁煙が条件 「企業の裁量」
健康志向の高まりとともに、禁煙を採用の条件にする企業は増えている。
リゾートホテルなどを運営する「星野リゾート」(長野県軽井沢町)は一九九四年、採用条件に禁煙を掲げた。広報担当者によると、ヘビースモーカーだった幹部社員が肺炎で亡くなったことがきっかけ。九四年より前に入社した人にも禁煙を求め、社内の喫煙率低下に取り組む。
生命保険大手「SOMPOひまわり生命保険」(東京)も二〇二〇年四月入社の新卒者から、禁煙者を採用。広報担当者は「生命保険が商品であり、社員やその家族がまず健康であるべきだ」と狙いを話す。
禁煙を採用条件にすることは、法的に問題はないのか。労働問題に詳しい暁法律事務所(東京)の指宿昭一弁護士は「性別や障害の有無などと違い、健康維持を方針として掲げる会社の場合、企業の裁量権の範囲といえる」と指摘する。
【岐阜セラツク製造所】 天然樹脂セラックを製造する国内3社の1社。セラックとは東南アジアやインドなどに生息する昆虫「ラックカイガラムシ」の分泌液を精製した製品で、食品添加物などとして使われる。セラックづくりを足掛かりに、現在は塗料の添加剤になる合成樹脂が主力。2020年度の売上高は58億円。従業員はグループで約200人。
転職・求人情報検索(名古屋市・愛知県・岐阜県・三重県)はトップから