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【暮らし】<要注意!!クラッシャー上司>命の危険編(中)

2017/06/26

名医も「周囲の支え」不可欠

 機長が部下の異論に耳を貸さないと、航空機事故のリスクが高まる-。19日の前回は、愛知県新城市出身の航空評論家で元日本航空機長の小林宏之さん(70)に、機長が「クラッシャー上司」だったら空の安全が大きく脅かされることを指摘してもらった。ただし、それは航空業界だけの話ではない。部下が上司の間違いを正せる環境づくりは、さまざまな業種でも健全な運営を図る経営哲学となっている。

 その哲学とは「CRM」とよばれる。「コックピット・リソース・マネジメント」の略称として、1970年代の米国航空業界で研究が始まった。操縦室にある人的・機械的リソース(資源)を最大限引き出して運航の安全を確保する考えだ。その眼目こそが「上司である機長の間違いを部下が正せる環境をつくれるかどうか」だ。

 「以来、CRMは常に進化してきました」と小林さんは言う。「安全運航を担うのは操縦室の中だけではない。客室乗務員、整備士、運航管理者、管制官とのコミュニケーションが正しく行われているかも重要です」。CRMの「C」は、コックピットだけでなく、運航を支える全スタッフの「クルー」を指すようになったという。

 航空業界同様にCRMが重要視され、小林さんが講演会などにしばしば招かれる業界がある。それは医療分野だ。「高度の教育訓練を経て人の命を預かるものの、人間として間違いを犯すことは避けられない。機長も医者も同じです。どんな高名な医師が執刀しても、助手や麻酔医、看護師らの『気付き』に支えられなくては、手術は失敗することもあるのです」と小林さんは説く。

 医者の世界も出世競争が激しく、上下関係の厳しい社会。もつれた人間関係を手術室に持ち込まれては、患者はたまったものではない。

 「日本の医師免許には更新制度がなく、免許を取得した当時の知識や技術のままで偉くなってしまった人もいる。飛行機と同じく医術も日進月歩。長じれば長じるほど、最新の知見を身に付けた若手から学ぶ姿勢が求められるのです」と小林さんは指摘する。「私も『自分は決して優秀ではない』と自覚しつつ、周りの助けを得ながら、必死に安全運航に携わってきました」。42年にわたり、1万8500時間を飛んだ元機長の言葉は重い。

 CRMは航空や医療の分野だけではないだろう。日々の暮らしを支える営みすべてに広がる概念だ。

 2月27日から3月13日までの毎週月曜日、3回にわたって掲載したクラッシャー上司の連載には、さまざまな反響があった。某大手製薬会社の社員は「品質管理を担う幹部が、メンツを立てなかった些細(ささい)なことをミスとして叱る。仕事の相談がしにくい」という経験を語ってくれた。

 某自動車部品メーカー社員からは「上司の威圧におびえ、誰も指摘できないまま不良品が出荷されてしまった」というメールが寄せられた。いずれも人の健康、命に関わりかねない。

 「周りが協力しづらくなるという現象が、その人の周りに起きるためです。それには『EQ指数』というものが関わってきます」と小林さんは話す。7月3日の(下)では、その「EQ指数」について聞く。

 (三浦耕喜)