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【地域経済】人に技あり/製品不具合の原因究明

2017/01/01

名古屋市工業研究所 加藤雅章さん
素材を熟知し名推理

 電話口の声に焦りがにじむ。「とにかくいっぺん見てほしい。『不良品だ』って怒られちまって」

 電話を受けたのは名古屋市工業研究所(同市熱田区)の主任研究員加藤雅章(44)=同市千種区。相談してきたのは水処理槽メーカーの社長だ。納入した浄化槽に使われるステンレス製のタンクに穴が開き、水漏れした。原因が分からず頭を抱えている。

 すぐに研究所に来てもらい、加藤はタンクの底を写した写真に目を凝らした。虫が食ったような穴が無数にある。納入から少なくとも数カ月たっていた。普通なら製造時の溶接の熱で、ステンレスがもろくなったことが原因と疑う。だが加藤の見立ては違った。これは腐食ではないか-。

 溶接の箇所と穴は、3センチ離れている。「この距離では溶接の熱は及ばない」。答えを探して話を聞くうちに、核心が見えてきた。納入先ではタンク内部を食塩水で洗っていた。あまり知られていないが、ステンレスは塩素系イオンで腐食することがある。「使用環境の影響が大きいようですね」。加藤の説明に、社長は胸をなで下ろした。

 「中小企業の駆け込み寺」。市工業研究所はそう呼ばれる。製品や部品に不具合が出ると、立場の弱い中小企業は納入先から責任を押しつけられる場合も。研究所は依頼を受けて公正かつ客観的に原因を分析し、解決を手助けする。独特の観察眼で探る「探偵」のような加藤の見立ては、多くの企業を救ってきた。

 高校時代から家業の電話工事業を手伝い、大学では金属を専攻。機械・電子などの花形と比べると地味な「材料屋」の道へ。ようやく見つけた研究所の技術職だったが、豊富な素材の知識と器用な手先を持つ加藤には、「天職」だった。

 顕微鏡をのぞいて金属箔(はく)の中から髪の毛ほどの細さの糸を抜いたり、細かな粒子を割って断面を見たり。腕利きの外科医のように0.01ミリ単位でピンセットやメスの先を操る。物質の分析に自らの推理を加え、数千、数万分の一の確率で発生する不具合の原因を見極める。「分析で得たデータをどう意味づけするかが、仕事の面白さ。不具合が起きたストーリーを描けるかにかかっている」

 ある時、総菜に手の爪の先ほどの金属片が混入した経緯を調べる仕事が舞い込んだ。製造工程が多岐にわたり、どこで混入したか特定するのは難しいと思われたが、ある可能性にかけた。「金属片のざらついた面には手掛かりが残っているのでは」。表面を顕微鏡で丹念に見ると予想通り、数個の物質がこびり付いていた。中央がくぼんだ独特の形状。「赤血球だ」とひらめいた。食肉加工の機器の一部が紛れ込んだ可能性を依頼主に報告したところ、実際に機器が破損していた。

 加藤への指名も多く、年間にこなす依頼は400件。他の研究員の平均250件を大きく上回る。上司は「幅広い分野で積んできた経験が、見立ての良さを生んでいる」と評す。

 「素材や材料はうそをつかない。不具合の根本を示すのが使命」。依頼主に不利な結果が出てもありのままを伝える。だが、冷徹にも見える信念の底には、熱が宿る。取引先との力関係で泣き寝入りする中小企業を多く見てきた。「まじめに、良いモノづくりをしている企業を支えたい」。これまでに手掛けた5000件。その思いを忘れたことはない。(小柳悠志)=文中敬称略

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 中部の企業を陰で支える達人がいる。経験に裏付けられた卓越の技。その流儀に迫る。(このコーナーは隔週で掲載します)

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【名古屋市工業研究所】 1937年に名古屋市工業指導所として発足。中小企業で発生する技術的問題の解決に向けた「技術相談」、品質改善のための材料・製品の分析などの「依頼試験」を請け負う。中小企業では購入が難しい高価な解析装置などを備える。機械・金属、材料・化学、電子・情報分野を中心に約80人の研究員が生産現場の技術課題に対応する。

製品の不具合を確認する加藤雅章主任研究員=名古屋市熱田区の市工業研究所で
製品の不具合を確認する加藤雅章主任研究員=名古屋市熱田区の市工業研究所で