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【暮らし】変わる主婦の働き方/社会保険の加入義務、年収106万円に

2016/07/04

 社会保険の適用が10月から拡大される。夫がサラリーマンとして働くパートの主婦は、年収が130万円に達しなければ、夫の被扶養者として公的な年金や健康保険の保険料を負担しなくて良かったが、10月以降は月収8万8000円(年収約106万円)以上になると納めなくてはならなくなる。国は「働かない方が有利な仕組みを改め、女性の就業意欲を高める」と説くが、「130万円の壁」が「106万円の壁」に低くなることに、主婦の抵抗感も根強い。

◆「老後を考える余裕ない」


 「手取りが減るのが嫌だし、保険料を納めたところで、本当に年金がもらえるか分からない」


 食品スーパーでレジ打ちのパートとして働く愛知県内の主婦(47)は、月収八万八千円を超える働き方をするつもりは全くないと言い切る。


 昨年までは年収が百三十万円に達しないように、ぎりぎりまで調整して働いた。今年はさらに減らして、職場で人手が足りなくても出勤にはしない。


 二人の子どもが今春、大学と高校を卒業し就職。教育費がかからなくなった。昨年より二十万円減っても、家計に問題はない。加えて、「たくさん働けば、掃除や洗濯、食事がおろそかになり、家の中がすさみそうだから」。


 小学生と中学生の子がいる別のパート主婦(37)は、昨年の年収が百万円ほど。一カ月に数時間でも多く働くと、十月以降は社会保険料を支払う対象になる可能性がある。「手取りが減る方が惜しい」と、今の働き方を維持するつもりだ。


 子どもには、それぞれ三種類の習い事をさせている。保険料が引かれれば手取りが毎月一万五千円弱減り、「習い事を半分に減らさないといけなくなるかも」。保険料を納めるメリットは理解しているものの、「これからかかる教育費のことで頭がいっぱい。自分の老後まで気が回らない」。


 二人が働くスーパーの労働組合は、今回の対象拡大が非正規労働者の権利拡充につながるとして、社会保険料を自分で払う働き方を勧める。しかし「なかなか理解が広がらない」(労組担当者)という。


 一方、パート労働者の労働時間を減らそうとする企業もある。厚生年金と健康保険の保険料は原則、働く人と会社が同額を折半しており、社会保険料を払う人が増えれば、会社の負担も増えるからだ。


 非正規労働者を支援する「派遣ユニオン」(東京)によると、都内のマンション管理会社で働く五十代のパート男性から六月中旬、「社会保険に加入させるのは難しいので、十月から勤務時間を減らすと会社から通告を受けた」との相談が寄せられた。ユニオンの関根秀一郎書記長は「保険料を納めたくないと、企業が労働時間を制限するのは筋違いだ」と批判する。


 逆に、人手不足に悩む企業は、別の対応を迫られている。都内のコールセンター運営会社では、労働時間を減らそうとするパート従業員が多いという。お金に困っていない家庭の場合、「手取りが減るくらいなら仕事をやめてしまえば」と夫に言われて退職を申し出る女性も。総務担当者は「業務に支障が出ないよう労働時間削減や退職を思いとどまるようお願いしているが、説得しきれていない」と頭を抱える。

◆「保険料負担なし、不公平」


 社会保険料負担を避けたいパートの主婦からは抵抗感の強い新制度だが、専門家の見方は異なる。サラリーマンの夫に扶養される主婦が、社会保険料を納めなくても年金がもらえる「三号制度」の是正につながると見ているからだ。

 「保険料を納めなくても給付を受けられる仕組みは時代に合わない」と指摘するのは、岐阜大の大藪千穂教授(生活経済学)だ。三号制度は、主婦の老後の生活保障として一九八六年にできたが、働く女性が増えた今も、仕組みの大枠はそのまま残されている。

 このため、夫が自営業の主婦は国民年金と国民健康保険の保険料を払い、二十歳以上の学生も国民年金保険料の納付義務があるのと比べ、不公平との声が強まっている。

 「制度変更の本当の狙いは、年金と健康保険財政の改善と、不足する労働力の確保」と大藪教授は指摘しつつ、「主婦も保険料を納める制度になれば、不公平感が減る」。従業員五百人以下の会社に勤める人などは新制度の対象外となったが、「三年以内の見直しで、対象者は今後増えるだろう」とみる。


 年金制度に詳しい名古屋市の社会保険労務士、高木隆司さん(60)は「社会保険に加入すれば、メリットもあります」と説く。

 例えば月収十万五千円(年収百二十六万円)の人の場合、毎月の厚生年金保険料は約九千円、健康保険料は約六千円になる=イラスト参照。その収入で十年間働くと、年金には年額七万円ほどが上乗せされ、支給開始から十七年目以降は厚生年金保険料の納付分を上回る。高木さんは「私たちが出し合った保険料で支え合うのが社会保険制度。目先の損得勘定にとらわれず、持続可能なあり方を考えることが大事」と呼び掛ける。

◆10月までに会社と相談を


 ●仕組みは サラリーマンの夫がいるパートの主婦は現在、週におおむね30時間以上働くと、自分の勤務先の厚生年金と健康保険に加入している。30時間未満でも年収が130万円以上だと、夫の扶養から外れて国民年金と国民健康保険(国保)に入る。手取りが減ることから「130万円の壁」と呼ばれる。

 年金機能強化法施行などで、10月から新たに厚生年金と健康保険の加入対象となるのは▽1週間の勤務時間が20時間以上▽1年以上雇用される見込み▽月収8万8000円(年収約106万円)以上▽学生でない▽勤務先の従業員が501人以上-の条件をすべて満たす人。厚生労働省によると対象は約25万人。

 「月収8万8000円」の計算には、ボーナスと残業代、交通費は含めない。対象になりそうな人は10月までに会社と相談し、労働時間などの契約内容を決める。

 今回は制度変更の対象にはなっていない学生や、従業員500人以下の会社で働く人は、週に30時間以上働くか、年収130万円以上だと、現行の通りに社会保険適用の対象となる。


 (諏訪慧)

労組が作った社会保険適用拡大の説明資料を手にするパートの女性。「今の暮らしを維持するのが精いっぱいで、老後のことまで考えられない」と話す=愛知県内で
労組が作った社会保険適用拡大の説明資料を手にするパートの女性。「今の暮らしを維持するのが精いっぱいで、老後のことまで考えられない」と話す=愛知県内で