中日新聞CHUNICHI WEB

就職・転職ニュース

  • 無料会員登録
  • マイページ

【くらし】はたらく/増える企業の農業参入 人材育成と技術継承カギ

2014/08/08

経験の「見える化」大切

 農業の担い手が不足する中、新規参入する企業が増えている。だが、知識や経験のない社員が出向して作業を担う場合もあり、苦労は多い。長期的な人材育成と技術継承が課題となっている。(田辺利奈)

 ◇ ◇ ◇

 愛知県常滑市で、ジェイアール東海商事(名古屋市中村区)が経営する常滑農場。入り口には、ほこりなどを落とすためのエアシャワーがあり、自動で環境調節する装置も備えた「植物工場」だ。遊休農地の電照菊ハウス(約8600平方メートル)を借りて、レタスとトマト、ミニトマトを栽培している。

 同社はJR東海グループ向けの資機材調達や食材などを販売。社員62人のうち、2人が農業に携わる。JR各駅で販売されるサンドイッチなどに使う野菜を生産することで、安心安全を確保しようと、2009年から始めた事業だ。

 農場長の奥埜祥弘(おくのよしひろ)さん(46)は、新卒でJR東海に入社して約20年間、鉄道関係部門やジェイアール名古屋高島屋の食料品売り場などに勤務。09年10月から副農場長として出向したが、給与などの待遇面は、従前の職場と変わらない条件という。

 ただ、運営を任されるにしても農業は全くの素人。出向前などに農業資材メーカーや農家で作業の基礎を学び、レタスは2週間、トマトは2カ所で計7カ月半の研修を受けるなど、準備はしてきた。そして翌年4月から出荷を始めた。

 当初から生産施設は完備しており、大企業のグループ会社ならではの資金力を生かし、恵まれた環境でスタートした。しかし、初年度は実ったものの、病気がまん延。優良農家の約3分の1しか収穫できなかった。奥埜さんは「何に基づいて判断していいか分からず、悪い予兆に気づけなかった」と振り返る。害虫に気を取られて原因となったかびの被害を想定しておらず、対処が後手に回った。「社員もパート従業員も、毎日うなだれていました」

 翌年度からは生産管理に力を入れ、栽培方法を大きく変更。それまでは1年を通してトマトが収穫できるようにしていたが、農場全体で均一に生産。収穫できない時期はできたが、出荷は安定した。茎の太さや葉の枚数なども毎週測定して一覧にするなど、努力が実って現在は優良農家並みの収量まで増えた。

 課題はこうした生産管理ノウハウの継承だ。奥埜さんら出向社員は、いつ異動するか分からない。これまでの蓄積を後任者が引き継ぎ、改善していける環境を整える必要がある。さらにジェイアール東海商事開発課長の熊本真宏(まさひろ)さん(37)は「今後は野菜の品質をどこまで上げていけるかが鍵」と話す。事業としてはまだ厳しい状況にあるが、黒字化を目指して取り組んでおり、将来は農業での新規採用も考えているという。

     ◇

 植物工場経営に詳しい名古屋大の竹谷裕之(たけやひろゆき)名誉教授は「企業が参入する場合、人件費を農家並みにすれば採算は取れるが、会社員の基準だと人件費が高くなり、採算を取るのは厳しくなる」と話す。いい農産物を作るだけではなく、何が必要とされているか、市場のニーズを見極めることも重要と指摘する。

 また、農業は天候など、毎年のように条件が変わるため、作業のマニュアル化がしづらい。そんな中、情報共有の成功例としてJA西三河(愛知県西尾市)のキュウリ部会を挙げる。部会に所属する48戸の農家が全ての生産管理データをオープンにし、共有しているという。1番収量を上げた農家のノウハウを学び、それぞれの工夫で全体的な底上げにつなげているという。「技術の継承には、経験値を見える形にすることが大事だ」と竹谷さんは話している。

会社が運営する農場で、レタスの成長を確認する奥野祥弘さん
会社が運営する農場で、レタスの成長を確認する奥野祥弘さん