2014/08/01
通常診療に加え、当直や救急対応、キャリアアップの勉強など、多忙な病院勤務医。慢性的な人手不足の中、亀田総合病院(千葉県鴨川市)の皮膚科医、池田大志(ひろし)さん(37)は六カ月の育児休業を取得し、五月にその体験をまとめて出版した。子育てのストレスにさらされ、育児中の母親の悩みを聞くなどして、患者の生活に配慮して診療に生かすきっかけになったという。
「ラブリーだね(いいね、という意味)」。池田さんが育休取得を決意したのは2010年春。「育休を取らせてもらえませんか」と、上司の皮膚科部長、田中厚さん(59)に切り出したところ、意外にも肯定的な言葉で受け入れられた。
同病院の外来患者数は1日平均3000人超。皮膚科の診療も忙しく、1人抜ければ同僚医師の負担増は必至だ。上司の同意を得ても、職場の反応は冷ややかだった。担当する患者に了解を求めたり、他の医師と診療の引き継ぎをしたり。こうしたことが、休みを取るのをためらう背景にあると池田さんは説明する。
それでも育休取得を決めたのは娘への愛情から。同病院初の男性職員の育休に、田中さんは「法律で認められた権利であることに加え、男の育休に好奇心があった。自分が父から愛情を受けて育った人間だから」と、応援する気持ちになったという。
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池田さんの妻は外科医。長女の出産で2カ月の産休と4カ月の育休を取得。生後6カ月以降は、池田さんが代わりに長女と向き合うことに。妻がいるときから、おむつ替えや寝かしつけ、風呂など積極的に受け持ち、それなりに自信を深めていた。だが、実際に長女と2人きりになると、母親の存在の大きさをあらためて痛感した。
特に手を尽くしても泣きやまず「娘を全くコントロールできない」ことがストレスに。ある雨の日、妻の出勤直後から長女は号泣。腕をつっぱって抱っこを拒絶し、おもちゃを持たせても投げてしまう。泣き声が耳に刺さる。次の瞬間、無意識に長女を抱え、上下に強く揺さぶっていた。われに返り、長女を床に置いて、その場を離れた。後悔とともに涙があふれた。
身をもって体験した育児ストレスの怖さ。ひとごとだった児童虐待の原因に思いを巡らせた。「周囲の協力を求めること。仕事との両立で余裕がない人は、仕事量を減らすべきだ」と強調する。
妻との協力関係に加え、池田さんの心の支えになったのは同じ育児中の「ママ友」との交流だった。子育ての喜びや悩みを語り合う一方、これまで気付かなかった患者の背景を知るきっかけを得たという。
「母親や赤ちゃんの多くが湿疹やかぶれ、乾燥などの肌トラブルを抱えながら、受診する余裕がなく、治療を受けていないことを知った」と話す。ママ友からの相談に応じ、家事や育児の経験も踏まえて肌荒れの原因を推理。肌の洗いすぎの可能性を示し、手入れの仕方をアドバイスした。
以前は薬を出して「保湿して」で済ませたこともあったが、今は患者が対処法を生活の中でイメージできるよう提案。ある赤ちゃんの難治性湿疹の原因が、洗濯洗剤のすすぎ残しだったのを突き止めるなど、育休の経験を診療に生かしている。「生活を知る大切さを学んだ。育休のほか、介護休業でも同じことがいえるのでは」。池田さんは自らの体験をまとめた著書『男が育休をとってわかったこと』(セブン&アイ出版)を5月に出版した。
医療者の間では、育休はキャリアの障害と受け止められることがまだまだ多いという。上司の田中さんは「本人も周囲も最初から否定的に考えるから、実際にそうなってしまうのかもしれない」と指摘し、池田さんの前向きな姿勢を評価している。
(林勝)
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