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【地域経済】追跡/人手不足 中小企業 相次ぐ内定辞退

2014/07/09

ものづくり伝承ピンチ

学生の就職活動で大手志向が強まる中、中小企業の採用が苦戦している。中でも製造業は、若手に技術を伝えられなければ事業の存続自体が危うくなりかねない。景気回復で人手不足の傾向が強まる今年は内定辞退に悩まされる事例が相次ぎ、採用活動も長引いている。(渥美龍太)

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 測定機製造の渡辺精密工業(名古屋市港区)。4月に入社した安藤憲亮(けんすけ)さん(22)が研削盤を操り、穴などの大きさを測る棒状の「栓ゲージ」を削って作る。すぐ隣で、金属の研磨で半世紀のキャリアを持つ上島幸紀さん(68)が見守る。

 同社は受注生産で、仕事の内容は注文によって変わる。研磨が設計と0・001ミリずれれば、即不良品だ。新人に一定の仕事を任せられるまで10年、何でもできるには20年かかる。寺西正明社長(49)は「1人1人の技量が会社の行方を左右する」と強調する。

 従業員42人のうち、還暦を過ぎた人が10人ほど在籍している。彼らが若手や中堅の従業員とグループになって技術を伝えていく。若手を定期的に採用しなければ事業が続かない。

 寺西社長は「例年なら5月末で採用を終えるけど、今年は内定辞退などで予定していた2人が取れていない。こんな年はなかったのだが…」と首をかしげる。

 愛知県の中小企業でつくる愛知中小企業家同友会が3~4月に実施したアンケート(回答約600社)では、人手が「不足」している企業が半数を超え、「過剰」はわずか4・5%だ。事務局は「ここ数年間、ほぼ右肩上がりで不足感が高まってきている」とみる。

 毎年3、5月には会員合同の就職説明会を開いて採用を支援しているが、今年は内定辞退者が続出した。中部製作所(名古屋市熱田区)の社長を務める、同友会の大野正博広報部長(56)は「景気回復に加え、大手の採用時期が遅くなって中小と重なっている影響が大きい。現段階で採用が決まった数は、例年の半分ぐらい」と明かす。同友会が今月1日に開いた会合では、会員の経営者から「人手不足は当分解消の見込みがない」といった悲観的な声が相次いだ。大野部長は「行政主催の就職説明会など、各社が機会を見つけては小まめに顔を出すしかない」。

 たとえ採用できても、定着するかどうかが悩み。金属加工の鶴田工業所(名古屋市南区)は10年ほど前まで、採用しても短期で辞める事態が続いた。この反省から、採用面接の機会に会社の将来像などを丁寧に伝えるようになった。

 この結果、5年ほど前から採用した5人のうち辞めたのは1人と、徐々に成果が出ていた。そこに重なった人手不足の深刻化。鶴田修一社長(54)は「大手の知名度ばかりに注目せず、もっと中小企業の魅力を知ってほしい」と訴える。

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◆若手定着へ就業体験

 中小企業庁などはインターンシップ(就業体験)を通じて学生らと中小企業を橋渡しする「新卒者就職応援プロジェクト」を2010年から実施している。採用や新入社員の定着に悩む中小企業にとって人材を確保する機会になっている。

 「求人誌に広告を出しても、最近は反応がない」。中部国際空港(愛知県常滑市)で通関業務や機内清掃を請け負う「ピュアライン」(同市、従業員約百六十人)の岩佐磨(おさむ)社長(48)はこの1年間、採用活動に苦労してきた。このため、今年初めてプロジェクトの実習生受け入れを開始。愛知県内の既卒女性(22)が六月から就業体験にやってきた。

 「やりたい仕事が絞れないまま卒業してしまった」と女性。就職情報大手「マイナビ」から届いたはがきをきっかけに応募し、憧れている航空機の近くで働ける同社の実習を選んだ。清掃作業は体がきつい時もあるが、1カ月ほどで正社員としての採用が決まった。

 女性は「気軽に実習でき、職場が分かってから就職できるのでありがたい」と話す。岩佐社長も「良い人材を採用できた」と喜ぶ。

 実習生はカウンセリングを受けて企業を選び、最長3カ月間働く。国から実習生には1日最大7000円が支払われる。13年度、全国で3797社が実習生を受け入れ、参加した7984人のうち、3275人が就職した。中小企業庁の担当者は「中小企業で働く魅力を伝えるチャンスにしてほしい」と利用を呼び掛けている。(稲田雅文)

研磨の仕方を若手に教えるベテラン従業員の上島幸紀さん(右)=名古屋市港区の渡辺精密工業で
研磨の仕方を若手に教えるベテラン従業員の上島幸紀さん(右)=名古屋市港区の渡辺精密工業で