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【暮らし】格差社会を生きる若者 作家・中村文則さんに聞く

2013/11/15

 正規の職に就ける若者が減り、非正規労働が増えるなど深刻化する現代日本の「格差」。自身も極貧のアルバイト生活に甘んじた経験がある、芥川賞作家の中村文則さん(36)は、格差の拡大を「お金の価値を殺してしまうこと」と表現する。若者たちにとってのお金の意味や働くことについて、中村さんに語ってもらった。

◆「プア充」でいいのか

 10年ほど前まで、小説家を目指しながら、東京でフリーターをやっていた。当時も超就職氷河期。時給850円のコンビニのアルバイトの面接に行くと、採用枠1人に応募が八人だった。コンビニのバイトにも競争があるほど、若者には仕事がなかった。僕がそこで働けたのは、たまたま大学時代にその経験があったから、という理由だった。

 バイトだけでは十分な生活が送れないので、1食200円と決めていた。1日に使えるお金を計算しておかないとすぐになくなるから、そう強いられていた。当然、コンビニの弁当は買えない。でもバイトの仕事となると、消費期限が来たらそれを廃棄しなければならない。「もったいない」という考えも浮かぶが、それよりも「自分に買えないものを、お金をもらうために捨てていく」という矛盾にずいぶん悩まされた。

 当時の経験から、僕はお金の価値を考えるようになった。同じ1万円でも、年収の多い人と少ない人では、受け取ったときの喜びは全然違う。社会で格差が広がっているというが、それでより必要とする人にお金が回らなくなるのなら、せっかくのお金の価値を殺してしまっていることにならないか。

    ◇

 不景気になると、新入社員の採用が減るなど、若者にしわ寄せが来てしまう。こういう話をすると、「若者が仕事を選ぶからだ」と言われる。でも、20代の貴重な時間を、自分のやりたい仕事のスキルアップに使いたいと思うのが、人間じゃないのか。「仕事がないから、我慢して何でもやれ」というのは、お金や力を持っている側の論理だ。

 一方で「プア充」という言葉が若者の間に広がっている。お金がなくても、それなりに充実した生活が送れればいいという言い分だ。しかし、それは本当に自分で導き出した結論なのか、問い掛けたい。誰かが意図的に投げ込んできたメッセージに同調し、「お金なんて価値はない」という意見が、拡散しているだけではないのかと。

 「貧しくてもいい」という若者が増えるほど、社会は収束していく。そうすると今度は「社会は収束していい」という発想が出てくるのだろう。若者がそういう価値観にとらわれ、社会の中で行動せず、発言しようとしなくなれば、国を動かしている人にとっても、お金を持っている一部の人にとってもきっと都合が良い。いつの間にか、将来世代に負担させる国の借金は1千兆円を超えている。そうした現実から逃げたつもりになっても、実際には逃げ切れない。世の中はしつこいから。

 若者が、自分のお金で成長につながる自己投資ができる社会であってほしい。この国を背負っていくのは結局は若者なのだから。僕は貧しかったときも、本を読むという比較的お金のかからない自己投資を欠かさなかった。それは、いまもずっと続けている。好きだからというのもあるけど、作家としてもっと成長したいので。

(聞き手・林勝)

 <なかむら・ふみのり>1977年、愛知県東海市生まれ。2000年に福島大行政社会学部を卒業後、02年に「銃」(新潮新人賞受賞)で作家デビュー。04年に「遮光」で野間文芸新人賞、05年「土の中の子供」で芥川賞、10年「掏摸(スリ)」で大江健三郎賞を受賞。最新刊は「去年の冬、きみと別れ」(幻冬舎)。

「若者が自分のお金で自己投資できる社会であってほしい」と語る中村文則さん=名古屋市中区の中日新聞社で
「若者が自分のお金で自己投資できる社会であってほしい」と語る中村文則さん=名古屋市中区の中日新聞社で