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防げ 貧困の連鎖(下) 受給者に「伴走」 就労促す 支援員一対一、きめ細かく

2012/01/19

埼玉・生活保護世帯の支援事業現場

 「一人一人が何につまずいて就職できないかを理解し、お手伝いしています」

 埼玉県の生活保護受給者チャレンジ支援事業の拠点「アスポート川口」(川口市)で、受給者の就職を助ける職業訓練支援員の高橋正治さん(41)は、自らの役割を説明した。

 本来、就労を促すのは市などの福祉事務所で働くケースワーカーの仕事。しかし、受給者の急増で、家庭訪問などきめ細かな対応ができないのが現状だ。

 アスポート事業の就労支援は、支援する人の所に出向いて、共に行動する「伴走型」なのが特徴だ。家庭訪問を繰り返して就労や職業訓練の受講を促し、履歴書の書き方の指導やハローワークへの同行など、マンツーマンで支援する。

 しかし、実際の支援の現場は簡単ではない。

 高橋さんが、以前支援をした30代の男性は、初回の面接時、髪がぼさぼさで着ている服もしわやしみだらけ。風呂も入っていない様子だった。「身だしなみにすら意識が配れないほど余裕がなくなっている。まずは生活環境から整える必要がある」と感じた。

 何度か家庭訪問をして人間関係を築いていった。特に細かく指導したわけではないが、ひげをそったり直前にシャワーを浴びるようになったりと、自ら変化していったという。「つながる人がいることが、自信につながるのではないでしょうか」と高橋さん。結局、この男性は自ら仕事を見つけた。

     ◇

 高橋さん自身、生活保護を受給した経験がある。福祉に興味があり、20代のころは障害者団体の職員だった。しかし、体調を崩して退職。両親を養うため、回復すると派遣社員になって生活費を稼いだ。

 パン工場へ派遣され、深夜の仕事に就いていた3年前、原因不明の病気で倒れた。休んだ分給料が減るため、無理して働き続けたのがたたって4週間入院した。病院のソーシャルワーカーの勧めで生活保護を受給した。

 仕事をしていないことを近所の人に悟られないよう、家で物音を立てないよう過ごしたり、夏でも窓を開けなかったり。自然と夜型の生活になり、友達付き合いも疎遠になった。「世間の目と戦うのに疲れました」と振り返る。

 仕事は探していたが、応募しても全部断られた。そのうち、履歴書に貼る写真代や就職活動にかかる交通費が無駄に思えて、なかなか応募できなくなった。医療事務関係の職業訓練を受講したことがあるものの、修了しても就職先がないことが分かり、かえって精神的に落ち込んだ。

 転機は、2010年12にあった県の職業訓練支援員との面談。「社会的に役立つ仕事をしたい」という希望を伝えると、「うちで支援員をしたら」と誘われた。職業訓練支援員事業を受託したNPO法人「ワーカーズコープ」の募集に正式に応募し、採用。昨年4月から働き始め、6月には生活保護から脱却できた。

 高橋さんは、受給者と面談を重ねるうち、自分が感じていた気後れや無力感を、受給者も同じように感じていることが分かった。「悩みや、動けなくなっている理由は何なのか。少しでも可能性を見つけて、かつての自分と同じように苦しんでいる人を助けたい」 (稲田雅文)

◆613人が就労
 生活保護受給者を支援する埼玉県のアスポート事業は「職業訓練支援員」「住宅ソーシャルワーカー」「教育支援員」の3事業からなる。
 このうち職業訓練支援員事業は、県内4カ所に事務所を置き、高橋さんのような支援員46人が50歳未満の受給者2700人を対象に日々面談を繰り返し、職業訓練や就職に結び付けている。

 昨年11月末時点で574人を介護や清掃、パソコン操作などの就職訓練につなげ、613人の就労が決定。うち、81人が生活保護から自立した。

「かつての自分と同じように苦しんでいる人を助けたい」と話す高橋正治さん=埼玉県川口市で
「かつての自分と同じように苦しんでいる人を助けたい」と話す高橋正治さん=埼玉県川口市で